CSV経営・健康経営時代の「企業×森林」フォーラムⅡ
~“企業・医療保険者×農山村地域”で実現する、SDGs時代の健康づくり・森づくり〜

2006年の林野庁による「企業による森林整備活動に関する検討会」の設置を契機に、各都道府県にサポート体制が構築され、全国で「企業の森」は1,500を超えるまでに拡がりを見せています。企業による社会貢献活動は、CSR、そしてCSVへと内容の成熟が求められており、また、新たな社会的な意味付けも求められています。

他方で、企業は「健康経営」の視点から従業員の心と身体の健康づくりへの取組が進展し、また医療保険者にとっては保険財政の健全化の観点から加入者の従業員の心と身体の健康づくりへの取組が進展し、特に、疾病予防・健康づくりの取組が強化される状況になっています。

こうした中で、先進的な企業・医療保険者においては、森林を活用した心と身体の健康づくりを開始するとともに、「働き方改革実行計画」工程表に、メンタルヘルス等策として「森林空間を活用した保養活動」が位置付けられ、また厚生労働省が定める「標準的な健診・保健指導に関するプログラム(案)」に「宿泊型新保健指導プログラム」が位置付けられるなどにより、新たに企業・医療保険者等による森林の空間利用の可能性が拡がっています。

一方、林野庁は平成29年度から森林資源を活用した観光推進に向けた取組を強化しており、都市部の企業が農山村地域を訪れるという観光の観点も踏まえつつ、新時代の企業も森林も地域も元気になる連携・協働のあり方を議論するために、本フォーラムを開催しました。

概 要

日 時 2018年3月2日(金) 14:00~18:00
場 所 砂防会館別館「大会議室・木曽」 (東京都千代田区平河町2-7-4)
主 催 美しい森林づくり全国推進会議、(公社)国土緑化推進機構
共 催 経団連自然保護協議会、健康保険組合連合会
後 援 林野庁、全国健康保険協会
参加費 無料 定 員 150名

 

プログラム

開会挨拶 司会:竹川 智世(2018ミス日本みどりの女神、農林水産省「みどりの広報大使」)

  • 主催者
    前川 泰一郎(公益社団法人国土緑化推進機構 常務理事)

  • 来賓
    今泉 裕治(林野庁 森林整備部 森林利用課長)
基調講演
  1. 世界の「森林医学」研究最前線~森林を活用した疾病予防・健康づくり~
    李 卿(日本医科大学付属病院 医師)
概要報告
  1. 「森林セラピー県」長野県の取組と32の企業・団体との協定事例
    ~長野県森林づくり県民税を活用した森林セラピーの推進について~
    上田 岳義(長野県 林務部 信州の木活用課)
    浅原 武志(野県森林セラピー協議会アドバイザー、しなの町Woods−Life Community)
  2. 森林・農山漁村を活かしたテレワーク・二地域ワークによる生産性向上
    ~和歌山発・ワーケーションの提案 20%生産性向上を実現した豊かな環境とは~
    天野 宏(和歌山県 企画部 企画政策局 情報政策課長)

  3. 森林・自然を活かした健康づくり~健康保険組合における方向性~
    丹野 成(健康保険組合連合会東京連合会 健康開発共同事業委員会 副委員長)

事例発表
  1. 「社有林を活用した「社員研修・森林セラピー」で実現する
    社員の健康づくり・早期離職対策
    ~早期離職率の1割減へ~
    関本 和彦(株式会社TDKラムダ 管理統括部長)
  2. 森林・農山村の「クアオルト」を活用した従業員・社会の健康づくり
    西森 昭二(太陽生命保険株式会社 広報部長)

  3. 地域医療とヘルスツーリズムが連動した「森林保養地」づくり
    ~自然欠乏症候群の概念もふまえて~
    山本 竜隆(医師・産業医、朝霧高原診療所 院長、富士山静養園 園主、日本統合医療学会 静岡・山梨支部長)

パネル
ディス
カッション

「企業・医療保険者×農山村地域”で実現する、SDGsを踏まえた健康づくり・森づくり」

  • パネリスト
    李 卿、上田 岳義、浅原 武志、天野 宏、丹野 成、関本 和彦、西森 昭二、山本 竜隆、今泉 裕治

  • 進行
    安藤 伸樹(全国健康保険協会(協会けんぽ)理事長)

 

基調講演

世界の「森林医学」研究最前線~森林を活用した疾病予防・健康づくり~ 
 【 李 卿日本医科大学付属病院 医師 

日本医科大学の李と申します。今日の私のテーマは「世界の『森林医学』研究最前線」です。私は、準備も含めて2003年に森林医学研究をスタートして、今年でちょうど15年になります。今日は、15年の研究の重要なところを報告します。

今日のテーマは「森林医学」ですので、先ず森林医学がどういうものかについて簡単にご説明します。森林医学とは、森林環境による健康への影響を研究する環境医学の一分野として、最近非常に注目されている森林セラピーの効果をさらに科学的に評価する学問です。次に、森林環境による健康への影響は2つあって、1つ目は森林環境による良い影響で、いわゆる病気予防とか、健康増進効果などです。2つ目は、無視できない森林環境による悪い影響で、皆さんご存じのように害虫媒介伝染病、例えばマラリア原虫とか、最近ではデング熱が代々木公園で2、3年前に発生しましたし、また、日本脳炎とか、ほかにも植物による中毒などがあります。ですから、こういうことを念頭に置きながら、森林の持っている癒やし効果を楽しみましょうということです。ただし、今日は時間の関係で、2つの影響のうちの1つ目の森林環境の良い影響についてだけを簡単に解説します。

先ず、森林医学は2003年からスタートして、10年ほど経った2012年にようやく新しい学問として誕生して、まずはアメリカで英語版の本を出版したところ、翌年2013年に中国で中国語に翻訳されて出版されました。また、韓国でも2017年2月に出版されており、私は韓国語が読めませんが、おそらく私の本を基にしていると思います。

さらに、去年から、Penguin Random House(ペンギン ランダム ハウス)という世界で一番大きな出版社が計画を進めてきていて、今年の4月5日に私の本を出版します。同時にアメリカ支社も2週間くらい遅れて、ちょっとタイトルを変えて出版します。この森林浴(SHINRIN-YOKU)というタイトルも、FOREST BATHINGというタイトルも、私が2007年に英語の論文を発表したときにつけたタイトルで、今この言葉は英語になっています。

先ほど紹介しましたように、Penguin Random Houseは、2016年の調査では、世界一大きい出版社でした。実は4番目に大きく、ハリーポッターの本を出版した非常に有名な会社も私に連絡してきて、私の本を出版したいといってきました。大手2社が同時に出版したいと言ってきたのですが、最終的には最大の会社と契約を結びました。大手ですから、それはそれなりのメリットがありまして、英語の本ができたらすぐに翻訳の契約が次々に入ってきました。

ここにありますように、英国、米国、オーストラリア、ニュージーランドは全部英語ですが、ヨーロッパの言葉への翻訳もほとんどできています。中国にしても台湾にしても繁体字の言葉が翻訳されて二重になって、実は日本語とか、中国語簡体字、韓国もいま交渉中の状態になっています。その他では、ニュージーランドとかオーストラリアは英語、そしてオランダ語、フランス語、フィンランド語、ポルトガル語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、その他の国も表紙はできていませんが、こうした勢いでヨーロッパでもどんどん私の本を出版していきます。

さらに、Penguin Random House は私をロンドンに招待し、4月9日にマスコミとか出版社を対象としたサイン会というか講演会を主催してくれます。こうした講演会は、次々にイギリス、フランス、オランダ、スペインでも同じように開催してくれる予定で、私は4月7日から19日までヨーロッパ一周してきます。では、なぜこんなに森林セラピーとか、森林浴が世界中から注目されるか、その背景はどういうものなのかを説明していきます。

このグラフは厚生労働省が調査したもので、強い不安、悩み、ストレスがある労働者の推移です。これは1982年にテクノストレスという言葉が出てきたときの調査で、その当時は50%の人がこういう悩みなどがあったということで、毎年調査を続けたところ、徐々に増えていき、ピークのときは63%まで高くなり、いまは少し下がっていますが、つい最近で2012年でも、まだ61%位の人が強い不安、悩み、ストレスを感じている状態で仕事をしているという結果が出ています。これは大きな社会問題です。

次に、皆さんもご存じのように、ストレスについてこのテーブルに書いているとり、ストレスはほとんどの生活習慣病や癌を引き起こします。これは結論ですが、皆さんも見ていただくと、疾患名とストレスの関係を一重丸と二重丸で表してあり、二重丸の方はストレスと病気の関係が非常に強いということ、一重丸は関係があるということがわかります。このように、がんを含めてほとんどの病気にストレスが大きく関係しているので、ストレスを解消すればほとんどの病気の予防につながります。

さらにこれは皆さんご存じのことで、毎年末になると警察庁から発表がある、日本人の自殺の問題です。最近は減っていますが、1998年から連続13年間30000人を超えているということで、マスコミもよく報道しました。実は、この自殺にはメンタル・ストレスが非常に大きく関わっています。例えば2007年では、原因が特定できた自殺のうち、一番多いのが健康問題です。その中の半分近く、中でも『うつ病』が一番多く、6000人となっています。もしうつ病による自殺が予防できれば、一気に6000人の自殺者が減り、その当時であれば一気に30000人を切ったといえます。こういう状況の中で、人々の健康管理が大きな社会問題になっており、有効な予防対策が求められています。このような状況を背景に、森林浴が新しい健康増進、病気予防法として注目されています。

それでは、なぜ森林浴が身体にいいかといえば、森林浴は五感を刺激してその効果が発揮されるからです。五感とは、皆さんすでにご存じのように、視覚(森林の景色)、嗅覚(森林の香り・フィトンチッド)、聴覚(鳥の声、小川のせせらぎ)、触覚(木や自然とのふれあい)、そして味覚(山菜、山の果物、郷土料理)です。森林には静かな雰囲気、美しい景観、穏やかな気候、清浄な空気、フィトンチッドなどが、人のNK(ナチュラルキラー細胞)の活性を高めます。さらにマイナスイオンがマウスや人のNK活性を高めることが報告されています。これまでの研究では、多くの効果があることがわかっています。

1番目は、森林浴は免疫効果を高める効果があるので、がんになりにくい身体作りができることで、いわゆる『がん予防効果』です。2番目は、『うつ状態の予防効果』です。3つ目に、ストレスホルモンの減少、ストレス解消、特に精神的なストレスには有効です。それから4つ目に、森林浴は、私の研究と他の研究者の研究も含めてまとめてみると、さらに血圧と血糖値の値も下げる効果があり、最近話題になっている、いわゆるメタボの予防にも貢献します。5つ目にはリラックス効果、脳の沈静化、6つ目に、一般的な健康増進効果があります。

さらに皆さんは意識していないかもしれませんが、7つ目としてアロマテラピー効果で、このアロマは、実は植物、例えば木とか花から抽出した精油のことですから、森林浴はある意味では、自然にそのままでアロマテラピーです。普通のアロマテラピーはお金がかかりますが、森林浴をすれば、森に行くだけでアロマテラピーが体験できるということになります。

 

ここで、先ほどお話しした生活習慣病の中で一番大きな問題である血圧と森林浴についての調査結果を報告します。皆さんがだいたいご存じのように、血圧に関しては、自律神経、特に交感神経の興奮、それからアドレナリンとかノルアドレナリンなどのストレスホルモン、あとは普通のストレス管理とかが影響します。
実は、2010年に、中高齢者で血圧が高くてまだ薬を飲んでいない方を対象に、森林浴実験をやり、その結果を、2011年にこの論文を発表しました。その内容は、森林公園で日帰りの森林浴を行い、血圧降下の効果を調べるというものでした。この画面がそのときの風景です。ただ、血圧は変動しているので、対照実験をしっかりやらなくては、その評価ができません。要するに日内変動があるので、同じタイム、同じ時間帯の血圧を比較しないと評価できませんから、そのときは最新の技術、最新の血圧計で測定しました。

これは、その結果を2つのラインで表示したものです。左のグラフの上のブルーのラインが『都市散策』のときの血圧測定結果で、下の赤のラインが『森林散策』のときのものです。朝8時の森林浴の前に1回測定して、13時に2回目の測定、これは要するに午前の森林浴のあと、そして16時に午後の森林浴のあとに測定しました。結果はご覧のとおり、出発のときはほとんど差がなく、差があっても誤差の範囲でしたが、お昼までの森林浴をしたあとでの測定では、これは当然のこと両方とも下がったものの、森林浴のあとの血圧の降下が非常に顕著で、同時に統計処理すると有意差が出て、だいたい7~8mmHg下がっています。もし皆さんの中で高血圧の方で薬を飲んでいらっしゃって、普通に薬が7とか8mmHg下げるのであれば、それは非常にいい薬です。でも、森林浴をすれば、森に行くだけで、薬も飲まずに副作用もなく、こんなにいい効果が得られます。

もう一つの右のグラフは拡張期血圧の測定結果で、それもほぼ同じ傾向を示し、だいたい7、8mmHgくらい下がっています。ということで、当然一時的なことでありなんとも言えないところですが、でも、皆さんの中で、もし退職後に毎日森に行ったら毎日こういう状況になると考えます。ですからいまは一時的ですが、長期的に見ると予防効果が十分期待できます。

それから、2014年から2016年にかけての3年間、車両競技公益資金記念財団から助成金をいただいて、今度は心拍数についてさらに大きな研究を行いました。これはその結果で、緑が森林散策、ブルーが都市部散策を表しています。同じ時間帯で、同じ運動量で測定した結果がこれで、これを見ると一目瞭然でハートレート(心拍数)と脈拍も低下していることがわかりました。皆さんご存じのようにハートレートと脈拍は、だいたい自律神経を代表しています。ハートレートと脈拍は交感神経が興奮すると上がります。副交感神経が興奮すると下がります。ということから、森ではリラックスしていることがわかりました。さらに同時に血圧、そのときの結果ですが、ほぼ私の2010年の研究の結果を再現できました。

同様に拡張期血圧についても有意差があることがわかりました。今日は自律神経については省略しますが、自律神経への効果については、千葉大学の宮崎先生の研究で、森林セラピーが有意義に副交感神経の活動を高め、交感神経の活動を低下させることが、すでに論文の中で明らかになって証明されています。

次に森林浴によるアドレナリン、ストレスホルモンによる影響についてです。先ほどお話ししたように、血圧に対する影響でアドレナリンとノルアドレナリンは非常に重要で、もう一つはコルチゾールで、これも非常に影響が大きいです。今度はこのデータで3つのストレスホルモンに対する影響についてお話しします。

 

これは、長野県の信濃町で女性看護師を対象にして調査を行ったときの写真で、この写真は世界中に出回って非常に有名になっています。(写真上)
この町には非常に素晴らしい苗名滝(地震滝)という滝があります。(写真左)
次は上松の森林浴発祥の地のヒノキの森の風景です。(写真右)

これがそのときの調査結果で、画面の左側が森林浴のときのストレスホルモン、右側は都市散策のときのストレスホルモンです。ほぼ同じメンバーで行ったもので、左側の森林浴をする前をブルーで、1日目と2日目をグリーンで表しています。ご覧のとおり森林浴ではストレスホルモンが徐々に下がって、2日目になったら有意差が出ました。ところが右側の都市散策では、1日目はちょっと下がりましたが、2日目には完全に戻ってしまいました。これでわかるように、都市部にいてはストレス解消にならない、森に行かなくてはリラックスしないということですから、皆さん、旅行に行くときは森に行ってください。

 

さらにこれは信濃町で行った女性看護師たちの尿中のアドレナリンのデータです。そもそも最初はすごく高くて、ブルーは8です。2泊3日でそれが一気に下がって、最後に3割まで下がり、結果として全体で7割くらい下がっています。もう一つのノルアドレナリンも下がっています。これも同じように女性看護師のデータで、1日目から下がって有意差がなくて、2日目から一気に有意差が出て、だいたい20%下がっています。