CSV経営・健康経営時代の「企業×森林」フォーラムⅡ
~“企業・医療保険者×農山村地域”で実現する、SDGs時代の健康づくり・森づくり〜

3.地域医療とヘルスツーリズムが連動した「森林保養地」づくり
~自然欠乏症候群の概念もふまえて~
 【 山本 竜隆医師・産業医、朝霧高原診療所 院長、富士山静養園 園主、日本統合医療学会 静岡・山梨支部長 

朝霧高原診療所の山本竜隆と申します。私は神奈川県川崎市で生まれ、小学校からは東京でした。いまは、ガスもない水道もない山の中に住んで、地域医療に従事しています。今朝も富士山の肩から日が昇るのを見て、自分の森を歩いて、わき水を飲んで、それで一軒の往診をしてからまいりました。今日は、地域医療とヘルスツーリズムが連動した森林保養地づくりというテーマで、朝霧高原での活動をご紹介したいと思います。また自然欠乏症候群、これは先ほど少し出ていました、CWニコルさんもよく述べられているものです。

私の朝霧高原での目的、テーマは、これはお配りしているものとはちょっと違っているものが一部入っています。豊かで美しい森林の村々でなぜ医療過疎が進んでいるのか、これは後で出てきますけれども、イタリアでは全然違いまして逆の動きがあります。医療の側面からこの問題を解決できないのか、できない理由は今までにもたくさん挙がっていると思いますが、そうではなくて前向きに、実際に持続可能な森林エリアでの地域医療モデルを作りたい、そう思い、富士山の麓に移住して、医療活動を行っています。我が家にはガスも水道もなく、木々に囲まれていて、玄関前にはシカがいるといったような生活です。チェーンソーって何?というくらい無縁でしたが、いまでは日常的に、チェーンソーを私も動かしています。この地域では51年ぶりの医療機関という環境で医療活動をしています。私、元々は膠原病やアレルギーの医局に所属していましたが、現在は小児科、皮膚科、外科など、何でもやらなくてはいけない、救急車も来ます。後ほど出てきますが、5つの学校医、十数社の産業医、在宅患者も110名で、慌ただしく地域医療活動をしています。

さて、私は2000-2002年に、アメリカのアリゾナ大学のアンドルーワイル(Andrew Weil)博士の下で、統合医療の研究に参加し、アジアでは最初の卒業生となりました(アソシエイトフェロー(Associate Fellow 2000-2002年)修了)。その統合医療というと、一般的には現代西洋医学と漢方やハーブなどの自然療法と合わせて提供するもの、特に日本では、統合医療というと医療機関の中で提供するものと認識されています。しかし、それは私の中では狭義の統合医療になります。今日お話しするのはもっと広い意味での統合医療、広義の統合医療に関する話になります。

さて、私は何党でもいいのですが、少なくとも自民党には、統合医療推進議員連盟というかなり人数の多い議員連盟があります。この自民党の統合医療では2つの柱があり、それは『医療モデル』と『社会モデル』です。これは統合医療に関してとても重要な点です。日本の医学部では、主に医療モデルを教えていて、社会モデルというのはほとんど教えていないのです。

例えばイギリスでは、薬の処方箋ではなく社会的処方箋ということで、患者さんに対してアドバイスをしたり方向性を見いだしたりします。「会社をリストラになりそうだ、家族は3人いる、不安で眠れない」という患者に対して、医療モデルでは、エビデンスに基づいたどの眠剤や抗不安薬がいいのかという議論になります。でもこの人に最適なのは、いかに職を提供して安心させられるのかということです。そのために、地域でいかにサポートするか、これが社会モデルであり、このような試みがイギリスではすでに実践されています。

そしてWHO(世界保健機関)は健康支援環境という言葉を使っています。私も、外来では「たばこを吸うからいけない」とか「運動不足だよ」などと言いますが、本当にそれだけでいいのか?ということです。WHOでは「健康は個人の努力だけでは実現できない」と言い、そこで大事なことは、健康を支える色々なサポート、環境を整えないといけない、ということを言っているわけです。そしてこのWHOが最近言っているのは、地域活動の活性化、地域の将来性を明確にすることです。健康というのは健康になることが目的ではなく、夢があってやりたいことがいっぱいある、その目的に対して健康があるのだ、という考え方です。これを企業において言うならば、企業に活力があって、企業を通してやりたいことがある、こういうことを実現したい、自分の能力を発揮したいということなどか、明確になっていくことが、その個人個人の健康に大きく寄与するのではないかというふうに考えます。

さて統合医療というと、インターネットでは、何万というか、何十万が検索できます。統合医療をざっくりとした方向性で見ていきますと、治療型と予防型、そして家庭医療的な言わば総合的な診療の部分と、より専門的な分野に分かれます。

朝霧高原診療所は、地域で51年ぶりの小さな診療所で、家庭医療、地域医療的な役割があります。高血圧とか糖尿病などの従来の治療を行っているところですが、『日月倶楽部・富士山静養園』という私が運営している2施設では、予防とか養生、健康増進と、先ほどのお話した健康支援環境で言うところの、地域活性を通して、その地域の方々の夢や可能性を引き出したいと考えています。

なぜ私が朝霧高原に移住したのか?これには、理由があります。これは、15年ほど前、アメリカアリゾナ大学のアンドルーワイルから「山本がやりたいと言っている自然を活かした地域医療は、いいモデルがヨーロッパにたくさんあるから行ってこい」と言われたことでした。ただ当時は、どこが田舎なのかもわからない、どこに医療機関があるのかもわからない、そういう中で、先ほど話しがあったドイツの医療機関をはじめ、イタリアの田舎の医療機関を車で巡り、自分のイメージに合う医療機関を見出したり、この医療機関のこの部分は応用できるなとか、この地域システムは使えるな、といったことを考えたりしました。平行して、日本での土地探しも始めました。

欧州の田舎には、その地域の自然や特性を活用した医療モデルが何百もあるのに、なぜ日本は田舎が医療過疎になるのか、医者が確保できないのか、ヨーロッパは、なぜこのようにうまくいっているのか、不思議で仕方がない思いがありました。そしてヨーロッパを回った中で、私の中で固まったのが、両輪で行う医療モデルです。先ほどお話ししたように『医療モデル』と『社会モデル』の2つの柱でやるということです。地域の方々が望んでいるオーソドックスな医療をちゃんとやろう、でも、それだけだと東京の2番煎じ、3番煎じになるし、このご時世ではスタッフも集まりません。でも、都市部ではどう転んでもできない自然資産を活かしたもう一つの柱をつくることによって、多くのスタッフが集まるようになりました。私の医療機関には、本当に多くの看護師さんが全国から応募してくれます。この地域では本当に珍しい医療機関です。先ほどもお話しがありましたように国土の70%が森林で、30000カ所以上の源泉があって、多くの温泉が海に囲まれて、河川が豊富で、どうしてそこが医療過疎になるのか、イタリアだったら医者が取り合いする場所だよ、というふうにイタリアのドクターに言われたわけです。ということで、ヨーロッパの田舎のモデルをイメージして土地探しをして、日月倶楽部と富士山静養園、そして先ほどの朝霧高原診療所というオーソドックスな医療機関の3施設で『WELLNESS UNION』という形で活動しています。

さて、森の中でヨガをしている、静寂さを楽しんでいる、そういうときにマウンテンバイクで目の前を走られると台無しです。よって森の中で静寂さを楽しむゾーンとアクティビティが高い楽しみ方は分けたいです。またテーマ、目的によって分けるべきと思っています。私はいま、2大学で授業をしています。そこで医学部の学生3年生に、水は誰が提供しているの?と訪ねますと、多くの学生が「水道局」と答えます。でもこれを田舎の人に聞くと、山とか自然とか森、と答えます。自然との関係性が失われているのではないかと思うわけです。こうして、東京にいて土地を探しているときに、さまざまなヨーロッパでの体験やモデルをベースに、目的を達成できる土地の条件を検討しました。

土地探しでは、最低でも1万坪以上欲しいと思って探しました。他力本願の自然や森であると、ある日突然に伐採されて資材置場になってしまったり、他の人が来て活用していたりなど、色々なことが発生します。1万坪といっても、その条件としては、針葉樹林、広葉樹林が混在するところで、温泉や湧水があるところがいいと考えました。そして標高は300m~1000m、これはヨーロッパの気候療法における中山保養地とか中山気候と呼ばれているゾーン、年間を通して健康増進にいいという標高です。それから、森だけではなくて、その地域に文化や歴史・神話などがあるということも大切です。また『木火土金水』というのは中医学の基本哲学で『ファイブエレメンツ(Five elements)』です。先ほど五感の話が出ましたが、関係性をもった五行、五感のことです。それから、地域に、世界に通用する自然や文化的資産があること、これは後述するインバウンドにも関係します。Mt. FUJI、Green TEA、WASABIがあるということです。そして、医療機関がない、もしくは少なくて行政や地域が要望している地域で、医療を通して活動し、地域貢献できるという条件です。

これについては、さすがにヨーロッパでは進んでいる部分があり、先ほどお話ししたクナイプやクアオルトもありますが、フランスではミリューセラピーという考え方があります。ミリューはフランス語で中庸、環境のことで、次の5つの場の設定が大事であるといわれています。1つ目が時間の経過が感じられる自然、2つ目が自然の循環が感じられること、3つ目に五感を刺激し、知覚を開き、心を開く場の提供、4つ目が瞑想できる静寂さ、5つ目は、人との交流を促進できる場所、1人きりで山に入って仙人みたいになるわけではないので、やはり交流の場、先ほどミュニケーションということが出ていますようにこれも大事で、この場の設定が僕も重要だと思います。これらを提供できる森が、日本にはたくさんあると思のです。

そうしているうちに、アメリカで『自然欠乏症候群』、実際には『自然欠乏障害』という言葉が使われるようになりました。どうして欧米でこの言葉が少しずつ出てきているかといいますと、医学の父『ヒポクラテス』が2500年前に言った『自然から遠ざかるほど病気に近づく』という言葉を、リチャードループさんという方が、子供の統計的な評価でそれが正しいということを示したためです。最近では日本でも『メンタルヘルスに自然の恵みを』といったことが学会で出ていますし、日本統合医療学会でも、日本の場合の『子供がすべき30の自然体験』を報告しています。

私が富士宮救急センターで当番をしていますと、夏になって、お父さんが子供を連れて「蚊に刺されました」と言って連れてくるケースが多々あります。たった1カ所蚊に刺されただけで、蜂やブヨに刺されたわけでもありません。でもお父さんは「蚊に刺されて子供は死ぬかもしれない」と、真剣に思って来るのです。それを「どうして、そこまで?」と聞くと「生まれたから1度も蚊に刺されたことがないから」と言う30代のお父さんがいるのです。私はびっくりしました。ネットで調べると『ジカ熱』とか出てきます。それでお父さんは、子供がジカ熱で死ぬかもしれないと思って救急センターに来るのです。私は、こういう自然体験の無さからくるケース少なくないことが『たいへん危機的だな』と思うのです。