「森を語る」第1回 出井伸之代表

日本には豊かな自然や水がある

人々の環境保護への関心が高まっているなか、美しい森林づくり推進国民運動がスタートしたことは、大変意義深いことです。私たち国民にとっては、日本の豊かな緑のすばらしさを再認識する機会であり、諸外国にとってのよきサンプルケースとなるような活動にしていきたいと思っています。

今年5月、日本経団連のミッションで安倍総理とともに、中近東へ行きました。訪れたのは10年ぶりですが、そのあまりの変貌ぶりに驚きました。たとえばドバイからアブダビに向かう道路は、かつて砂漠のなかにあったのですが、海水を真水にする技術を用いて全面緑化に成功していました。オイルより水のほうがはるかに高い価値を持つ中近東では、人工的に水や緑をつくることが大きなテーマとなっています。一方、日本に帰れば、当たり前のように豊かな森林があり、水がある。日本は資源がない国だといわれていますが、果たしてそうなのでしょうか。私たちが、その価値に気づいていないだけで、日本はこんなに美しい資源を持つ国ではないかと実感しました。ぜひ、もう一度自分たちのまわりにある、自然に目を向けてほしい。その価値の尊さを知ってほしいと強く願っています。

人々は森林と共存する生活に新しい価値を見出している

私がまだ中堅社員として働いていた70年~80年代、日本は工業化のチャンピオン国でした。時代のキーワードは「成長」。おかげで、私たちはもう、ほしいものなど思い浮かばないほどに、さまざまなものを手にしました。では今後、どんな方向に向かって歩いていくのかと考えたとき、目標は「成長」ではなく「文化の成熟」だと私は考えます。ところが、やはりまだ成長神話ともいえる価値観が日本には根強く残っている。発展=都市化の考えのもとに、地方の自然が奪われていくことに、とくに強い危機感を抱いています。地域が目指すべきゴールはひとつではありません。それぞれが、その風土を生かして創造すべきものであり、決して画一化できるものではありません。確かに、若者にアピールする大型のショッピングセンターやレジャー施設があれば、地方は活気づくかもしれません。しかし、日本人の好み、ライフスタイルも多様化しています。リタイアしたあとは都会を離れ自給自足で暮らしたい、介護施設に入るなら緑豊かところがよいと思うシニア世代は多い。若者も森林と共存する生活に新しい価値を見出しています。いつまでも、「大きいことはよいことだ」という考えが通用する時代ではないことを認識すべきではないでしょうか。

成熟した文化国家となるために、私は今から10年が、日本にとって大きな転換期になると思っています。その第一歩は難しいものではありません。もっともっと自然をエンジョイすればいい。米や水のおいしさを感じ、そのありがたさに感謝する。生活のいたるところに、環境問題を考える糸口があると思います。みなさんのサポートをいただきながら、精一杯この任務を果たしていきます。どうぞよろしくお願いいたします。