□ 椎野潤ブログ(金融研究会第20回) 林業経営における「規模の経済」
文責:角花菊次郎
今回は、わが国の林業が突きつけられている課題を経営学界隈で使われている「規模の経済」という経営戦略上の概念を通して考えてみたいと思います。
国産材については、大規模な製材工場や合板工場の需要に対し、原木丸太の供給を担う林業サイドが十分に対応できていないことが問題とされています。わが国では森林の所有規模が零細であることに加え、林業経営規模も小さく、そこから生産される丸太は少量かつ分散的です。製材工場へいかに有利な条件で丸太を供給できるか、わが国の林業に課せられたハードルの一つは、この小規模所有と小規模経営による制約を超える試みと言えます。
そこで、「規模の経済(economies of scale)」。これは生産コストの縮減を実現して収益性を高めることを表す言葉です。生産コストには固定費と変動費があり、固定費は生産量がいくら増えても変わらないことから生産量を増やせば増やすほど1製品あたりの固定費率は下がり、コスト削減による利益率の向上、あるいは価格競争力の向上を実現できるという考え方です。スケールメリットといった言い方もします。
規模の経済は実現できるならそれに越したことはありません。林業関係者の間では、例えば、所有と経営の分離を前提に経営権を拡大することや事業団地の集積を進めるといった試み、路網整備による広域施業の効率性確保、資源管理システムを活用した共同の供給管理、丸太の共同販売組織による販売・流通管理や価格交渉など、様々なことが検討・実施されています。わが国の林業において規模の経済を効かせることができれば、そのメリットは大きなものがあります。
しかし、事はそう簡単ではありません。所有と経営の分離による経営権の拡大や事業団地の集積、さらに丸太の共同販売組織には相応の「経営体」が必要になります。そこでは経営ノウハウや情報ネットワークを有する人材の確保が必要ですし、経営の合意形成も容易ではありません。路網への投資に関しても維持も含めた将来的な投資効果を考えると大きな負担になる可能性もあります。また、森林の資源管理についても多額のIT投資が必要になります。規模を拡大すると収益性が上がる一方で、総じてコストも拡大します。もし仮に需要が減って生産品が想定した数量をさばけなかったとしたら、膨れ上がったコストを賄えず経営が行き詰まってしまうことも考えられます。つまり、規模の経済を追い求めるのに当たっては、そのデメリットにも配慮しなければならないということになります。このようなデメリットは「規模の不経済」と呼ばれています。
この問題は、「大きな林業」なのか、「小さな林業」なのかという言い方もできるとは思いますが、いずれにせよ、わが国の山は急峻・つづら折りのような入り組んだ地形で効率的な施業には不向きといった自然条件、さらに小規模・零細・個人経営といった林業経営の実態などを踏まえて、林業の進むべき方向性を考えていく必要があると思います。
「規模の経済」とは、固定費といったコストの縮減に着目した経営戦略のことですが、この他に「範囲の経済」や「密度の経済」といった観点でも事業の経済性を向上させる経営戦略がありますので、次回以降、考察を続けていきたいと思います。
以 上
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
林業における「規模の経済」、「スケールメリット」についての問題提起です。
所有と経営に分けて考えることになると思いますが、森林を大面積所有する企業や個人、国有林、小面積所有の農家林家など、それぞれの経営があるでしょう。雇用や作業形態も直営か請負かの選択があります。規模を拡大すると収益性が上がる一方で、コストも拡大する例として、かつては大面積を皆伐して集材機で上手に搬出すれば、利益が上がりました。しかし、人手不足の現状で、大面積を植林して、シカ柵を巡らし、炎暑の中、下刈りを繰り返すことは全国で可能なのかどうか。スケールメリットのデメリットとして「規模の不経済」もあるとのことで、様々な観点からの経営戦略について、考察していただければと思います。