□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第45回) 過剰の後には不足が来る
木村木材工業株式会社 代表取締役 木村 司
今年に入ってから、輸入材の在庫が増えています。東京港の製材品在庫は
北米材、欧州材、ロシア材の合計で12万m3を超えていて、特に欧州材の在庫の多さが目立ちます。(添付グラフ「『東京港製材品在庫』と『木造着工数』の推移 2019〜24年」参照)
輸入材は生産されてから日本に到着するまでに時間がかかるため、需要に応じられるように商社などの輸入元が埠頭を中心とした倉庫に大量の在庫を抱えてリスクを負っています。特に欧州材は紅海・スエズ運河を回避して喜望峰経由に変更したため航路がさらに長くなり、日本への到着が遅れて在庫量が増える一因となっています。
輸入材を倉庫に置いている間は保管料がかかります。輸入元は保管期限を設けていることが多く、保管期限を超えた在庫は損切り覚悟で処分売りされることがよくあります。かといって在庫をショートさせてしまうと2021年に発生した第3次ウッドショックのように急騰の原因になり、顧客に迷惑がかかります。輸入元は需要動向を予測して欧州の木材会社に木材を発注するのですが、適正在庫量を保持するのは至難の業です。しかも、競合する米材製品は国内挽き米松製材最大手メーカーが2ヵ月連続で値下げをした影響で値下がりが続いていて、欧州材の売れ行きに大きく影響しています。
欧州材の在庫が多く、輸入材全体に先安観が拭えない中で、輸入元は欧州材の発注を大幅に減らさざるを得ません。年明けの欧州材の入荷、2025年の輸入材在庫は大幅な減少が予想されます。
一方、北米材の中心であるカナダは大幅な生産縮小が続いています。操業に必要な量の経済的な丸太が手に入らず、アメリカの関税引き上げでさらに採算が取れなくなったカナダの製材工場は相次いで閉鎖されています。10月19日に投票が行われたカナダBC州選挙は僅差のためいまだに勝者が決まっていませんが、仮に現政権(BC NDP)が引き続き政権を担当すれば、自然保護が優先されてカナダ木材業界はさらに縮小に向かいます。既にアメリカにおける針葉樹木材製品のシェアでカナダはアメリカ南部を下回りました。カナダから日本への木材輸入量はさらに減少することが予想されます。
住宅需要は金利の影響を大きく受けます。私は、日本ではこれから住宅ローン金利の上昇が予想されるため住宅需要はなお減少するとみていますが、アメリカではFRBの利下げで住宅ローン金利が低下し、住宅需要がゆるやかに回復して、木材価格が上昇に転じるとみています。木材は国際商品であり、木材需要の中心はアメリカです。アメリカの木材価格が上昇すれば、欧州からアメリカへの木材輸出も増えてきます。
過剰のあとには不足が来ます。2023年の在庫減少局面で在庫が不足せずに済んだのは、欧米が金利上昇局面で需要が低迷していて、日本への販売意欲が旺盛だったからです。現在も欧米の需要は盛り上がっていないため、輸入元は円安にもかかわらず生産者に価格を抑えてもらっています。
2025年、金利低下局面で欧米の需要が回復してくると、欧米から日本への販売意欲が低下します。欧米に負けない輸入価格を出さないと、輸入量が大幅に減って在庫が不足するかもしれません。日米・日欧金利差の縮小で円ドル・円ユーロ相場が円高に振れたとしても、北米材・欧州材価格はむしろ上昇するのではないでしょうか。
価格上昇だけではなく、輸入数量減少が予想される輸入材の使用から、国産材使用に変更することが、価格面でも供給量の面でも安定します。大手国産材製材工場の中には、発注後1週間で納入できる体制をつくるために自社に在庫を置いて、在庫リスクを負っている会社もあります。事前発注は理想的ですが、現実に大量の木材を動かす中では誰かが在庫リスクを負わなければ木材はスムーズに流通しません。私は国産材製材工場が自社で在庫リスクを負う決断に心から敬意を表します。
今後、輸入材をとりまく環境は不安定さを増してきます。国産材製材工場との間で顔の見える関係をつくっておくことが、安定して供給を受けられる道ですし、不測の事態への備えにもなります。
以 上
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
よく適正在庫量といわれますが、国際商品である木材の適正在庫量を保持するのがいかに至難であるかがわかりやすく解説されています。海外での産業としての林業と、持続性や自然保護の側面を両立させる林業との調和、さらには政治動向もウオッチしていかなければなりませんが、アメリカ南部の林業の台頭も紹介されています。
日本ではこれから住宅ローン金利の上昇によって、住宅需要はなお減少すると予想されています。アメリカの住宅需要の回復による木材価格上昇によって、欧州の木材貿易も日本に影響してきます。北米材・欧州材価格上昇、輸入数量減少に対して、国産材の供給能力が喫緊の課題であると訴えておられます。内需拡大や物価抑制などの経済政策も重要になっています。国産材ファーストのメリットは通貨の変動にも強いです。
国産材製材工場の在庫リスクに対して、激甚化する災害の復興や木造建築物の事前発注、さらにはバイオマス熱利用の促進など、備蓄という視点に立って、ストックヤードや林道などのインフラ整備、ファイナンスも含めた政策立案が不可欠の段階にきています。