森林所有者の団結

□ 椎野潤ブログ(金融研究会第21回) 森林所有者の団結

文責:角花菊次郎 

 需要があっての生産。この順番は変えられません。そして生産者側には「大規模化した製材工場や合板工場からの需要に応えて丸太を大量かつ安定的に供給できるか」という難問が突きつけられ続けています。

 わが国の林業は、地形的あるいは歴史的に小規模、分散、間断的な生産を宿命づけられているため生産量をまとめることは難しい。ゆえに、生産過程での共同化や組織化といった生産者側での「規模の経済」を追求する試みには限界があります。

 前回のブログで触れましたが、事業の経済性を向上させるためには固定費削減を主な目的とした「規模の経済」を追求する経営戦略を取ることが一般的です。さらに、事業の多角化や製品の多様化によるコスト削減・利益率向上を実現する「範囲の経済」の追求も重要な経営戦略として認識されています。わが国の林業経営においても「範囲の経済」を追求する試みとして、農業、畜産、観光、福祉などとの兼業や副業としての特用林産物生産、木材のエネルギー利用といった取り組みが為されています。しかし、人材確保を前提とした自伐型林業が成立するエリアを除き、B材利用の集成材が強化・大規模化されている現状では「範囲の経済」を目指す戦略にも一定の限界があるのではないかと考えます。

 わが国と同様に小規模私有林所有者が存在し、森林所有構造が類似しているドイツでは、製材業が大規模化し、大量の丸太需要を生み出す一方で、少量・分散・間断的な丸太生産を克服する取り組みが進んでいます。ドイツにおいて生産側が取った対応は、製材所との取引ロットの大口化であり、販売窓口の一本化でした。具体的には、個々の森林所有者が製材所に直接販売する方法から森林組合を設立して森林組合が一定量をまとめて製材所に販売する方法に進化させていったのでした。森林組合を通じて販売するようになると、森林組合が窓口になって大口需要家である製材所と取引量や丸太の規格、そして価格について交渉するようになります。これにより、生産者側は取引単位の拡大を背景として、製材所との価格交渉力を獲得していきました。さらに、ドイツ連邦と州政府は森林組合の活動に対して複数メニューでの助成を行い、側面支援しました。

 ドイツでは生産者側での生産過程の共同化・組織化ではなく、流通過程での共同化・組織化を進めることによって、川下となる製材側の大きな変化に対応できたのです。

 わが国は地形的に丸太生産のコストが下がらないと言われますが、ドイツでも皆伐制限や複層・混交林化を目指す近自然林業政策が採られているため、伐出においてはコスト的に不利な状況にあります。しかし、ドイツの生産者は困難を克服し、生産量を増やして行きました。1990年代以降、わが国の木材生産量が横ばいなのに対してドイツの生産量が増加し、その格差が広がってしまったことを思い浮かべると、日本の皆さん、工夫と団結でまだまだ改善の余地は十分にありますよ、と小さい声で言いたくなります。

 流通過程での共同化・組織化については、最強集団「ノースジャパン素材流通協同組合」があるではないか、という声が聞こえてきそうですが、かの組合は素材生産請負業者の集まりであって、残念ながら森林所有者の集まりではありません。

 わが国の林業家を救う有力な手立ての一つは、ドイツのように所有者の集まりが主体となって、流通過程の共同化・組織化を進めることではないか、と思いますがいかがでしょうか。

以 上

☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二

 日本は、江戸時代以降人口が急増し、1600年の1200万人程度から1700年には3100万程度になっています。1700年の世界人口の推計が6億人で、人口密度ではおよそ5人/、日本は85人/程度ですから、日本の人口の稠密さが群を抜いていたのではないでしょうか。

 人口増加は当時の農業生産力の拡大によるものでしょう。米本位制経済の幕藩体制が確立、安定し、諸国大名が米を中心とした農業生産力を拡大する政策を推進した結果、食料生産が増大し、さらに農村の余剰人口が江戸を中心とした都市へ移住する人口集中も起こりました。サプライチェーンの及ぶ範囲も広くなり、人口3100万人余りが続いた明治維新までの2百年の間に、皆が少しずつおこぼれをもらうという労働集約(人海戦術的)かつ多段階小規模な生産・流通構造が出来上がり、その後の日本の産業構造の原型となった、というのが私が考えている仮説です。

 人口増加は需要を大きくします。日本では、私有林所有者の所有規模も小さければ、製材工場の生産規模も小さい、中小企業の同業他社が多く、家や建物の面積も小さいという木材のサプライチェーンに限らず、多くのもののサイズを小さくし、人の労働(手間)をたくさんかけた箱庭文明として洗練されていったものと思っています。

 しかし、箱庭文明ではない諸外国の大きな規模の産業との競合を克服するためには、1次〜3次産業のいずれにおいても規模の拡大を考えることは必要です。品質が高く小回りが利くという利点は活かせても、多くがグローバル経済の中で生き残るのは難度が高い(かった)と思います。林業は森林資源を基礎とするため、林業が盛んな国や地域は人口が少ない所が多く、機械力で手間をかけずにシンプルに生産・流通・輸出を拡大してきているので、なおのこと大変なのです。

 ご提案のような所有者の集まりの主体としては森林組合・森林組合連合会に期待がかかりますが、日本では需用者の製材工場が小規模、多数であったために、流通過程については共販所(原木共同販売のためのセリ市場)を運営するという形をとったのだと思われます。近年、これに風穴を開けるような大型製材工場への供給が必要とされるようになったわけですが、林業において色濃く残る箱庭文明の桎梏の故、工場との価格交渉を一元窓口化するという形になった宮崎県森林組合連合会の例が生まれました。しかし、未だ流通過程の組織化・共同化と言う姿には至っていないように思っています。