□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第53回) 地域産業と森林資源の適切で持続可能な関係性(バランス)の構築(3)
合同会社木人舎代表社員 椎葉博紀
地域産業と森林資源の適切で持続可能な関係性の構築に向け、個人や法人の枠組みでは乗り越えるのが難しい社会的制度的課題、それは次の三点です。
1点目。
森林の所有形態。
「森林とは誰のものか?」という問いです。
森林には、山地災害復旧事業という名目、はたまた、公益的機能を含む多面的機能の発揮という名目などで多額の公費(補助金ほか)が投入される一方、森林経営意欲を問わず私的財産所有権という強力な権利が横たわる現状が大きな歪みとなって地域に横たわってくることが考えられます。
2点目。
人口減少といった避けられない事象を踏まえた社会インフラの維持管理については広く知れ渡ってきましたが、更にその根底を支える、森林を含む自然資本をどのように社会全体で支え関わっていくかという問題です。
「地域産業と森林資源の適切で持続可能な関係性(バランス)の構築」のためには、「定常状態下での流域森林循環経済圏の確立に向けた機能(大型パネル工場等)配置」が必要と述べましたが、ヒューマンスケールでは収まらない様々な機能を持った広大な地域森林をどのように支えていくかには制度的補強が必要と考えます。
3点目。
上記2点を踏まえた担い手の問題です。これからの人材育成(教育)について、踏み込んだ議論と対策がないと持続性を担保できないと考えます。
では、これら3点の大きな課題に対して、少々飛躍しすぎた内容かもしれませんが、私見を述べます。
1点目について。
市街地の土地区画整理や農地の圃場整備というように、森林の区画整理が必要ではないでしょうか。地域森林計画におけるゾーニングといった方向は出ていますが、森林経営管理制度が制度的にも発展し、所有権も含めて森林の大区画化が進み森林所有の在り方自体も見直しが図られるとよいのではないでしょうか。そのためには、森林の公有化もどんどん進めてよいのではないかと思います。森林は誰のものでしょうか?所有は公有化し実効性のあるレギュレーションはしっかりかけつつ、その範囲内での利用権付与で森林の循環利用を図っていくとよいのではないでしょうか。
森林簿などで森林所有者や森林の状況を調べる機会がありますが、大小・形状様々な森林があまりに多すぎます。相続未登記問題や共有地問題など手が付けられない森林に対し、現行制度の蓋を被せたままで果たしてよいのでしょうか。
2点目
1点目とも関連しますが、自然資本の適切な維持に向けて税制面の工夫が必要ではないでしょうか。具体的には、地方公共団体(都道府県・市町村)に交付される普通交付税制度での位置づけを強化してはどうでしょうか。道路や橋梁、公園といった典型的な社会インフラの維持経費は普通交付税交付金等に算定される仕組みとなっています。お猿さんや鹿さんしか通らないと地域で揶揄される蓋つき側溝の2車線道路は地方交付税制度で完璧とは言わないまでもしっかり維持管理経費が措置されています(このことを否定するものではありません)。人口減少社会に応じ、今後は公有林化も含めグリーンインフラへの切り替え経費(誘導)として制度的な位置づけを行うのが望ましいのではないかと感じます。
3点目。
国内の森林面積は大きく増減しておらず、人工林の管理については森林整備計画等でその方向性が示されています。現下の森林技術等を踏まえ森林整備に必要となる人的リソースを明確化し、国民の森林整備への義務化が必要ではないでしょうか。具体的には、森林整備を健全な人格形成のための教育の一環とも捉え、若年期における森林整備への従事を義務化する策です。兵役が義務化されている国もあります。兵役との比較は不謹慎ですが、緑の国に生まれ住む私たちの責務として、将来への不戦の証として、森林(もり)づくりに義務参加するのです。
森林(もり)づくりは世代を超えた思いやりで成り立つものです。
日本各地では古希を超えた方々が今日も山に入り、稚樹を植えておられます。
そこには、人の寿命を凌駕する時空の物語が日々繰り返されています。
その稚樹達は大地に根を張り高度なネットワーク環境を構築し、自然の調和を図りながら私たちに地域色豊かな生活環境を提供してくれています。私たちはその恩恵を受け人間社会の営みを繋いできました。
希薄化した人間社会に思いやりという恵みを与えてくれる森林です。
森林からの学びを侮ることなく、次世代へ繋いでいくためにも全国民が森に向かうべきではないでしょうか。
まとめに入ります。
昨今は、生産性向上が至上命題、そのために、分業化・効率化が叫ばれます。
全くその通りだと思います。
しかし、こと我々が携わる森林セクターにおいて、生産性向上=分業化・効率化という視点のみにあらず、生産性向上=付加価値化で乗り越えられる部分が多く残されているように思います。
付加価値化の新たな一手が「地域での大型パネル工場と社会的備蓄」なのです。
大きな課題があることは認めつつ、出来る一歩を踏み出していきたいと思います。
次の一手は、「百見は一触に如かず」です。
日々、山に入る私たちだからこそ出来ることがまだまだ沢山残っていますね。
では、明日からも可能性だらけの地域に希望を持ち、森林(もり)づくりに励みたいと思います。
読者の皆様、どうぞお身体ご自愛ください。
今回も拙文にお付き合いいただき、心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。
椎葉 拝
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
甚大な災害を市職員として体験されたことがある椎葉さんは、防災・減災面を含め森林(もり)づくりが地域にもたらす便益について身を以て実感され、地域産業と森林資源の適切で持続可能な関係性の構築に向けて、まず、個人や法人の枠組みでは乗り越えることが難しい社会的制度的課題について指摘されています。すなわち、森林を含む自然資本を社会全体で支えあっていかなければならないのに、私的財産所有権という強力な権利が大小・形状様々な形で横たわり、しかも担い手が確保できず、このままでは持続性を担保できないと危惧しておられます。
そこで、相続未登記問題や共有地問題など手が付けられない森林に対して、森林の公有化を提言しておられます。そのためには、自然資本の適切な維持とからめて税制面の検討も必要であるとされています。森林公有化のメリットを発揮できる具体的方策を展開するためにも、人的リソースの明確化と、国民の森林整備へのコミットが必要です。
話しがフィンランドのカレリア応用科学大学のカリキュラムに飛びますが、森林所有者のオーナーシップに関する講義があります。また、入学から卒業までの4年間で、毎学年においてキャリア計画と能力開発に関する講義があります。森林を所有することの当事者意識と責任、林業に携わるうえでの人生設計についてしっかり教育されています。持続的発展が初めて定義された1992年のリオデジャネイロ地球サミットでは、森林所有者と市民との関係が重要視されています。ただ森林を所有しているだけでなく、政策として市民との関わりが求められています。
生産性向上をスローガンにしてきた20世紀は、振り返ってみたら各産業が分断化してしまっていました。農業も林業も畜産業もばらばらの道を歩んでしまい、巨大化した都市が地方を吸収し、どちらも担い手不足が深刻化しています。いま再び相互連携の統合の道を模索しはじめています。椎葉さんは、森林資源の付加価値化の新たな一手として地域木材を活用した建築、「地域での大型パネル工場と社会的備蓄」にたどり着いています。国難級の災害時に、公有林の森林資源を活用して復興に寄与し、それまでの努力が報われた事例もあります。社会は前例踏襲では前に進めなくなっています。社会的制度的障害を取り払って、目の前にある森林を有効に活用していかなければなりません。