□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第五回) 木材流通の転換点
文責:文月恵理
2021年、新型コロナウィルスの蔓延による世界的な物流の混乱をきっかけに、ウッドショックと言われる木材の不足・高騰が始まりました。外材の輸入が止まり、影響を受けるのは梁桁が中心のはずが、木材在庫が少なくなっていたタイミング、相場取引という慣習や先行き不安により、国産の合板や羽柄材なども大きく値上がりしました。そんな中、国産材は伐採・搬出、製材等の働き手の不足や乾燥機の不足のため、いくら需要があっても臨機応変な増産ができないという、産業未満の体質を露呈したと言えるでしょう。更に、末端価格の値上がりによって利益を得たのは、素材生産、製材や木材事業者であり、立木価格はわずかの値上がりで、山主にはほとんど恩恵が無かったとも聞きます。
そんなウッドショックも2022年の始め頃には収束し、逆に木材が余って倉庫に入りきらないという状況が起きてきました。アメリカではウクライナ危機によるエネルギー価格の上昇などで物価が高騰、インフレ抑制のために金利が上昇し、住宅着工件数が減って木材価格が下がっています。日本でも、ウッドショックによる住宅の納期遅延や、円安による各種資材の値上がりなどの影響で、住宅需要はすっかり冷え込んでしまいました。先週も、大手の集成材メーカーが主力商品を8〜10%も値下げするというニュースが紙面に載ったばかりです。
普通の産業なら、原材料価格が上がれば中間流通を省くような効率化へのインセンティブが働きます。しかし木材に関しては、ウッドショックでそのような事例を耳にすることはなかったように思います。では逆に木材在庫が積み上がる状況になったら、一体何が起きるのでしょうか。私はむしろ、これが契機をとなって、初めて国産材の流通改革への道が開けていくのではないかと考えています。
木材価格が下がれば、右から左に物を流すだけの事業者の利益は縮小します。円安で燃料価格が上がり、外国人労働者が減って安い人件費にも頼れません。トラック運転手を守る法改正により、長距離輸送にはより高いコストが必要になるでしょう。今まで外材で良いとしてきた住宅メーカーも、円安や中国など新興国との競合により、国産材に目を向けざるを得なくなっています。しかし従来のような、一か所で大量に作り、全国に運ぶという事業形態は維持が難しくなっているのです。為替は変動しますが、国債残高が1000兆円を超え、しかも半分以上を日銀が引き受けているような状況では、長期的な円安傾向は避けられないように思います。人口減少で、今後は働き手が圧倒的に不足する状態が続くでしょう。つまり、付加価値の低い労働に支えられた産業・事業者は市場から退出するしかなくなるのです。長く非効率なアナログの世界に甘んじてきた木材流通業界も、デジタル化の波に乗れなければ衰退していくしかありません。
今年、信州大学・精密林業計測・ウッドステーションが提唱した「ドローンtoハウジング」はウッドデザイン賞を受賞しました。そしてその実証となる住宅が来年夏には松本市内で上棟を迎え、森林直販の実現に向けた、大きな一歩となるはずです。また大手の2×4(ツーバイフォー)事業者が、各地にサテライト工場を作って国産材利用に本腰を入れるという話も聞きます。森林資源と建築をできるだけ短い距離でつなぐスモールサプライチェーン、それが拡大する黎明期に差し掛かっていると言っても良いでしょう。
2022年は、もしかしたら後に語り継がれるような国産材流通改革の転換点だったのかもしれません。少なくともその萌芽を育んだ年であったことは間違いなく、来年はそれを証明できるような大きな飛躍を遂げたいものです。
新体制で始まった椎野潤ブログも、年内はこれが最後となりました。来年も引き続き、他の研究会の皆様と切磋琢磨していきたいと思います。
どうぞ良いお年をお迎えください。
(2023年は1月10日から発信予定です)
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
自分の不明なので申し訳ない話ですが、どの製材所も加工工場もフル操業という状況、乾燥機もフル回転という状況でも、とにかく国産材の増産はできませんでした。林野庁のHPに載っているモクレポという木材中心の情報の需給4、5のページを見てください。21年の製材工場、合板工場の出荷量はここ数年の中でも多いレベルでした。特に20年に比べると製材で2割弱、合板で1割は増産されています。現状の働く人と設備の限界がそこにあったと思います。昔なら、従業員にバンバン残業させて出荷量を増やしたのですが、働き方の改革が先に進んでいました。2交代制にできるほど従業員を確保することも地方ではできませんでした。素材生産も同じですし、よしんばできたとしても加工できる量に限界が来ている中では買ってもらえません。増産できなかったということに関しては生産体制が整っていなかったものと考えています。
末端価格が上がって払われたお金はどこに消えたという意味や、木材が必要な時に届かないということについては流通改革が不可欠です。江戸時代からあまり変わらぬ多段階流通のスタイルが変わらなければならないことは明らかです。ウッドショック時に売り惜しみ、買い占めはやめてくれとの声もありました。国産材が選択してもらえるために、山元から建築の関係者は地域の運命共同体として、自分だけが儲けるのではなく、どう売ったり使ったりするのが消費者にとって好ましいのかを考えて欲しいのです。