□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第八回) ある素材生産事業者の林業DX
文責:文月恵理
長野県東部のある自治体で、二年ほど前に小さな林業会社が誕生しました。全く別の地域で生まれ育った男性が、その地の女性と縁を得て移り住み、林業大学校で学び森林組合に勤めた後、新たに会社を立ち上げたのです。その社長から、当地での素材生産事業の流れや、最近浸透してきた先端技術をどう活用しているのか、詳しく話を聞くことができました。
彼らはまず、伐採ができる山を見つけることから始めなくてはなりません。普段、自分達が事業を行っている一定の地域内で、見込みのある森林にあたりをつけます。これまでは役所に赴いて、公図をスキャンしていたそうですが、今年の1月に画期的な出来事があり、仕事が格段に楽になったそうです。それは、不動産登記において作成される登記所備付地図データが地図XML形式のフォーマットで公開され、誰でも自由に使えるようになったことです。この情報はGIS(地理情報システム)などの各種アプリケーションで開くことができ、地籍調査が済んでいれば森林の区画と地番が表示されます。それを登記情報システムで確認すると所有者名と住所がわかるので、あとは役場に相談するとか、地元の有力者などのつてを頼って所有者に連絡をとり、見積もりを出させてもらうのです。長野県の場合は航空測量のデータも公開されているので、その情報をパソコン上で区画に重ねると、木の本数や樹高、おおよその材積が表示されます。彼は創業以来、その見積もり材積と実際に伐採して得られた材積を比較してきましたが、誤差は10%の範囲に収まっているそうです。測量時期や地域差もあるでしょうが、9割一致するならば収益計画も大きく狂うことはなく、十分に使える精度であることに驚きました。
見積もりを出して所有者と伐採の話がまとまると、立木売買契約や伐採委託契約など、細かい条件に応じて契約を結び、市町村に伐採届を提出します。10年間の森林経営管理契約を結ぶ場合は、伐採後に地拵え、植栽、下刈り、10年後の除伐までを行うことになります。高性能林業機械で主伐した木材は、市場や合板工場、バイオマス発電所などに買い取られていきます。
彼は最先端の技術にアンテナを張っていて、最近広がってきた、スマートフォンに搭載されたレーザースキャナを活用できるサービスなども試しているようです。レーザーを照射しながら作業道を歩くと、位置情報と連動して地図上にその道が表示されたり、はい積みされた丸太を両側から撮影した画像で材積が推定できたりと、技術は驚異的なスピードで進化していると話していました。
この会社の場合、属する自治体が地籍調査をほぼ終えていて、県も航空測量データを整備しており、比較的恵まれた環境にあると言えるかもしれません。それでも、このようにオープンデータを活用する事業者はまだ少ないと聞きました。日本の森林の多くは境界や所有者が不明な状態で、いかに技術が進歩しても、それを生かした施業や管理ができない地域が少なくないのが実情です。林業に新規参入したこのような会社がより多くの利益を上げ、山主への還元や雇用といった形で地域に貢献するなら、境界線確定などに自治体も更に力を入れるようになるかもしれません。地域で生きていく若い人々の挑戦が停滞していた日本の林業に新鮮な風を送り、先端技術の翼を広げて自立という空へ向けて飛び立つようにと、気鋭の若き経営者に、心からのエールを送りたいと思います。
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
素材生産事業は、仕事が途切れないようにするために、伐採現場を安定的に確保していなければなりません。林業の新規参入はハードルが高いです。森林経営計画は森林所有者側に立った計画ですが、今回のように伐採事業者あるいは需要家側から、伐採ができる山を見つけて、所有者に交渉するというルートもありえます。現に、森林組合職員が管内を巡視して森林所有者に働きかけて団地化を図っている事例があります。
不動産登記情報がGISなどの各種アプリケーションで開くことができ、公開されている航空測量のデータと重ねると、材積などを高い精度で推定できるとのことですが、オープンデータはベンチャー事業を活性化させます。今回はオープンデータを利用して林業に新規参入した会社が収益に結びつけている実話です。
オープンデータによって心無い業者の草刈り場になったり過度の伐採になったりしないようにするためには、伐採届を提出するときに、第3者によるチェックを通して森林経営管理契約を義務づけたり、身元の確かな地元業者優先などのルールをつくったりすることも有用と思います。地元の森林資源で地域の未来を開くためには、何よりも地元での堅固な信頼関係が重要です。