□ 椎野潤ブログ(金融研究会第11回) 林業の風景
文責:角花菊次郎
蝉が鳴く夏。都市でも少しの立ち木があれば蝉は鳴く。緑の濃い郊外へ出かければ、その合唱は一段と大きく、重奏曲のように蒸し暑い空気を揺らす。森の命を一番感じる瞬間かもしれません。
森は生き物。その営みは普段、とても静かで、私たちは新緑と落葉といった変化を年単位で目にする程度です。しかし、その生態系はかなり複雑で私たち人間には分からないことがまだまだ多く残されています。例えば植物の根に住みつく菌根菌(きんこんきん)。陸上植物の約8割が菌根菌という根の先端部分に住む微生物と共生しており、菌根菌は植物が光合成で作り出した糖分をもらうかわりに窒素やリンなど植物の成長に必要な栄養素を与えていると言われています。ただこの菌根菌、単に栄養素を植物に与えているだけではありません。近年の研究では、菌根菌は菌糸を伸ばし、地中で相互につながりあっていることが分かってきました。この「菌根ネットワーク」は森全体を菌糸で結び、樹木同士が互いに栄養のやり取りをしているらしいのです。大樹は菌糸を通じて幼樹を養っているとか。さらに同種の実生の成長を促進してみたり、阻害してみたりと、何やら複雑なことが行われているようです。地中には未知の世界が広がっている。その生態系の謎を解き明かさなければ未来の森を育てることはできないのかもしれません。
未知の森。林業はその森で人間の求める単一樹種を育てるのですから、まずは生態系の全体像を解き明かす研究が必要です。それと同時に森が機嫌を損ねて思った通りの育林ができないような時にも事業を継続していくための様々な準備をしておかなければなりません。
わが国の林業は、小規模・零細・個人経営をその特徴としています。1ha未満の小規模所有者は山林所有世帯全体の7割を占め、山林面積20ha以上保有している家族経営体の林業所得はわずか100万円(2018年、農水省「林業経営統計調査」)、そして法人化されていない経営体が大半という。これでは森に挑む前に、体力不足でリングに上がることさえできません。
林業を森林経営と捉えるならば、毎年の収入・支出計算だけでなく、年度ごとの経営成績や特定時点の財政状態を正確に把握するための原価計算を行っていく必要があります。立木1本を生産するためにかかる経費の累計額である原木原価は、本来、造林・育林コストと伐採・搬出コストなどの直接費と間接費の合計額となります。しかし、伐採した立木にかかった造林・育林コストは集計されてこなかったため、結局のところ単木ベースの売上に対する原価は伐採・搬出コストのみしか計算されていないのが実情ではないでしょうか。これでは本当に利益が出ているのか、どれくらいの赤字になっているのかが分かりません。というような経営に関する下準備から始めなければ、未知の森で事業を展開するための体力をわが国の林業は身に着けることができないと思います。
甲子園に響く金属バットの打球音、お盆の帰省ラッシュ、南からの湿った空気と雷鳴。この季節だからこその風物詩、当たり前の風景。わが国の林業が当たり前の森林経営を行っている風景を早く見たいな、と思ってしまいます。
以 上
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
林業の世界では植えて育てる樹種を選ぶ考え方として適地適木と言われてきました。教科書的には、関東以南の太平洋側の森林では山の斜面の下部、沢部がスギ、中腹部がヒノキ、上部、尾根部がアカマツを植えろと言われてきました。実務的には、過去の近隣の造林の成績、現在の植生で判断するよう教えられました。スギならばリョウメンシダやウバユリ、ヤマアジサイなどが下層植生に見られる林地、ヒノキであればそのような湿性な下層植生が見られない林地を適地として判断していました。
スギの場合、少々間違っていても斜面のほぼどこでも育ってくれるので安心ですが、ヒノキの場合は、斜面中腹部を選んでも成長が大きく劣る場合があります。これは菌根菌の有無が関わっているものと思われます。広葉樹の場合には、もっと樹種ごとのストライクゾーンが狭いように感じます。進化の過程での菌根菌や他の植物との相互作用が関わっているのでしょう。
さて、耳の痛い話です。間断的である山林所得の税務処理の関係で、過去の経費を実際に計算証明できなかったことから、立木収入に対し一括で育林経費等を一定割合控除(概算経費控除)できるようにしてしまっているため、育林費の記録等の必要性を感じる森林経営を行っている方は少ないのだと思います。恒常的に林業収入を上げて林業投資をする森林経営でなければ、なかなか「経営に関する下準備」にさえも入れないので、零細・間断的な経営を長期にわたる持続的な経営へ集積する、ということを重要な課題だと考えています。