□ 椎野潤ブログ(金融研究会第13回) 森林資源の特性と管理について
文責:角花菊次郎
森林を人間が使うための資源として、また人間の生活を脅かす天災からの防波堤として、利用・管理していくことはとても難しいことです。なにせ相手は生き物。それも他の生物と密接な関係性を築き、生態系を構成している。樹木は人間の一生に比べればその成長はとても遅い。一気に収穫したら後がなくなり、再び人工的に育てると言っても長期にわたるデリケートな管理が必要。樹木は人間の時間軸では扱い辛いどうにもやっかいな代物です。それでも人間は造林に挑戦し、木材資源としてうまく利用・管理できているように見える国・地域もあります。
わが国において森林資源を最大限利用して利益を出し、資源の枯渇・毀損を防ぎながら森林管理を行っていこうとする場合、考えて置かなければならない大切なことがあります。それは森林資源が有する特性への認識です。
森林資源の特性は、非移転性、生態的・社会的相互連鎖性、非市場性の3つに要約できます。
非移転性とは、端的にその森林は立地場所を動かすことができないということです。樹木の成長に有利不利のある土壌・気候・地形などの自然的条件は所与のものとして固定されます。また森林管理の担い手もすげ替えたり、臨機応変に補充することはできず、立地地域の社会的条件として固定されます。
生態的・社会的相互連鎖性は、森林資源の利用・管理を単純化・画一化できない特性といえます。近年、森林の微生物に関する研究が進み、樹木の根に共生する菌根菌と呼ばれる菌類がつくり出す地中のネットワークが樹木の成長や森林の樹種構成にかなり影響を与えていることが明らかとなってきました。また人工林造林に関する最大の障害と言っていい獣害についても、新芽を食む鹿は生態系の一部で排除などできないものと考えておかなければなりません。人工林造林は外界から遮断されたハウス栽培とは異なり、このようなダイナミックな生態系の中で行われていることを改めて認識しておく必要があります。さらに、人工林は地域住民の多様な農林業生産活動を通じて自治的に管理されてきた歴史があります。これら生態的および社会的なつながりの中に森林が組み込まれていることを忘れてはいけないと思います。
非市場性については、資本主義経済社会において自立的な森林資源の利用・管理が進まない最大の要因と言っていいと思います。現代では木材加工技術の発達や製材工場の大規模化などにより、合板需要を中心として木材はコモディティ化され、品質よりも大量かつ安定供給の要請が強くなっています。しかし、国土の7割近くを占めるわが国の森林は急傾斜地が多く、しかも谷によって細かく刻まれています。そして森林植生も多様かつ豊かで、他の植物との生態的競争も激しい。このようなわが国の森林で画一的かつ大量に単一樹種を育成しようとすれば、手間がかかりコスト高になるのは避けようがありません。したがって、わが国の森林資源を市場の価格決定機能に任せて利用・管理することは非常に難しいことだと言わざるを得ません。
わが国において森林資源を利用し、永続的に管理していきたいのであれば、以上のような森林資源の特性を踏まえる必要があります。そして、その資源特性による経済化へのハードルを乗り越えるには、大きく2つの課題を克服していかなければならないと考えます。
まず一つ目は、森林管理の担い手をいかに確保するか、農林業衰退による現場での森林管理主体の消失という状況をいかにして克服するかという課題です。この点はとても重要ですが、森林・林業再生をめぐる議論の中であまり話題に上ってこない気がしています。森林の管理者は農山村で生活し、林業あるいは林業と農業等との兼業で生計を立てている地域住民です。この農山村での生活基盤である農林業生産が輸入自由化等による価格競争下で危機に瀕しています。特に条件不利地などでは不採算化が顕著となり、農林業の衰退とともに農山村の過疎化が進んでいます。農山村が過疎化してしまうと森林を管理する人手も確保できません。このような農山村を経済的に支え、過疎化を防ぐためには、自然的条件、伐出等のコスト、将来的な収支等を検討して経済性の有無により森林を峻別するゾーニングを行う必要があります。そして経済性のない森林(非経済林)は、その森林管理者の生活を直接支援する必要があると考えます。例えば、EUの条件不利地域政策(山間地域や農業条件の不利地域などを対象として、その地域の農業を支援するための直接支払い制度)的な施策、あるいはわが国の中山間地域等直接支払制度などを林業分野に拡大することを本格的に検討していくべき時期に来ていると思います。そして、非経済林に対しては、地域と連携するかたちで行政による公的管理、地域住民や地元企業など地域の関係者による共有的管理といった社会的支援による管理の枠組みをつくることも検討しなければなりません。
二つ目の課題は言うまでもなく、採算面で森林資源利用の経済性が消失し、私的管理が限界に達している点が挙げられます。国による主伐再造林政策の推進や需要にマッチしない見込み生産による原木の過剰供給などによって、市場における原木価格が買い手有利に形成されていること、補助金を受け取りながらも再造林・育林コストが少なからず林業の収支を圧迫していること、輸入木材との競合により市場価格と国産材需要が不安定なことなど、わが国の私的な森林資源利用・管理の営みは経済性を失っている状態といえます。
森林・林業再生論の中ではこの二つ目の課題克服が議論の中心となっており、全国各地で思い思いの取り組みが進められています。そして高い志のもとでそれぞれの取り組みが進められてはいるものの、今以て森林資源を使いこなす領域に達している例は見当たりません。
何が足りないのか。神様ではないので正解を言い当てることはできませんが、一つだけ言えることがありそうです。それはゾーニングにより経済性を確保できる可能性がある森林については、「企業的経営」を導入し、実践していくことが必要だということです。私たちは資本主義経済社会に組み込まれているのですから、金銭的価値を軸に森林資源に対峙していかなくてはなりません。私的領域で森林資源を利用・管理していこうとするのであれば、少なくとも「企業的経営」によるアプローチが必要です。
では「企業的経営」とは何か。長くなりましたので、それは次回以降に考えていきたいと思います。
以 上
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
森林環境と森林(林業)経済と山村社会の関係のこれからを導くうえで、現在地をしっかり分析してくださいました。
これから、どのように進むにしても、これらの課題を解消しなければなりません。
しかし、根本の課題は所有と経営(管理の担い手)の問題だと思っています。植林後、長年、収益を生まず費用がかかるだけのお荷物になっており、所有者が経営や管理を放棄してきている状況の中で、提示された課題を解消するのは難しいでしょう。所有者の方々には申し訳ありませんが、経営管理制度や自伐型林業、共有的管理(コモン)など、放棄されている経営や管理は所有から分離して実行しないことには、このことが壁となって前進できないのではないかと思っています。
もっと早く取り掛からねばならなかったのですが、法律家に代表される社会がそのような財産権を侵す分離を進めることを認めるようになるまでに時間がかかり、さらに容易には進められない問題なので、できるところから前に進もうとしていることが、跛行して、うまく進めない原因になっています。うまく行かなかったら進路を訂正していくという、試行錯誤を繰り返すしかないと腹を据えていました。
けれど、このような壁や跛行している状況にあって、うまく進められる企業的経営について、次回、角花様のアイデアが提示されます。ぜひ、教えてください。期待しています。