□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第15回) ドローンToハウジングの実践から見えたもの(2)デジタル技術の最前線と課題
文責:文月恵理
2022年の10月、信州大学発のベンチャー企業:精密林業計測と、信州大学の院生・学生からなる計測班が木島平のカラマツ林に入りました。長野五輪のジャンプ競技場のすぐ近くという場所で、道路から十数メートルとアクセスの良い斜面です。落葉松と書く文字のとおり、カラマツは針葉樹でも冬には葉を落とします。11月には落葉したカラマツ林にドローンを飛ばして空撮、12月には邪魔になるヤナギなどの灌木をチェーンソーで伐採し、藪を払って、モバイルレーザ機器を背負子に括り付けて林内を歩くモバイル計測を実施しました。そして翌年の2月には、膝まで埋まる雪の中、林内の全ての木にNOを張り付けるという作業も行いました。
上記の計測で得られたデータをもとに、対象木220本の樹高や高さごとの直径、曲がりの度合いとその位置などを分析します。並行して、早稲田大学の建築学科の院生が、設計図面から必要な部材を割り出し、歩留まりを高める造材の長さを算出していました。カラマツは強度が高い一方、固すぎて釘を打つのが難しいため、今回の建築では梁桁への使用が予定されています。その乱尺な造材シミュレーションに基づき、計測したデータとマッチングさせて、どの木のどの部分をどんな長さで切るのかを決めていったのです。2棟分の住宅の梁桁に必要な木材は43本でしたが、対象の林内には使えそうな木が40本しかありません。不足する木材は一般流通材で補ってもらうことを、カラマツ専門の製材所に予め引き受けてもらいました。
雪解け後の4月には、2日に分けて対象木の選定とマーキングです。初日はパソコン上のデータで候補に上がった木を目視確認し、印を付け、木に登って高さごとの直径を実測しました。実証実験ですから、リモートセンシングによる計測値と実測値を比較し、精度を検証する必要があったのです。その段階で、幹の大きな傷や腐れが見つかり、使えない木が何本も出ました。二日目に、森林組合の目利きの方に現場に来てもらい、候補木の確認をお願いすると、残念なことに、私達が気づかなかった傷が見つかり、使える木は更に減りました。10年以上前の列状間伐の際、搬出時に枝が当たって残存木を傷つけたものだそうです。間伐は残った木の価値を上げるために行うはずなのに、乱暴な施業をすれば逆に下げてしまう、そのことを改めて実感しました。
普通なら、選定した木が使えないとわかれば別の木を選び直せば良いのですが、今回の対象地は標高が高くて成長が遅く、十分な直径の木がそもそも少ないという不運な状況です。結果的に、住宅用の建材として伐り出すことになったのは30本。それぞれの木の幹に、赤いスプレーを使って伐採する高さに印をつけました。
5月のゴールデンウイーク明け、いよいよ伐倒と乱尺造材、実寸計測が行われたのですが、ここでも残念なことが判明しました。カラマツを扱う木材センター2か所に聞いて、0.3〜0.4センチと想定していた樹皮の厚さが、実際に伐ってみると平均1.25センチもあったのです。その結果、材寸の足りない木材が多数出たほか、木口の割れや曲がりの大きさなどで欠落が相次ぎ、製材所で引き取れる丸太は30本中7本という結果でした。
ここまで頑張ってきた信州大学の院生はひどく落胆していましたが、私は彼に言いました。どんな試みも、最初からうまくいくことは滅多にない。実際にやってみたから、欠点や改善点が明確になった。それを活かして次に進めばいいと。
今回明らかになったのは、レーザ計測では樹皮の状態を把握できず、写真画像による判別を追加する必要がありそうだということです。不足しているのは、林業で目利きと呼ばれる人達の技の、AIによる学習と再現でしょう。一方、高さごとの直径は一定の精度を期待でき、安全係数を載せてマッチングできる十分な太さの木がある林分ならば、効果を期待できそうです。通信の状況が改善すれば、木にマーキングをしなくても、AR(仮想現実)ゴーグルをつけたオペレータがハーベスタで目標の木を伐倒し、最も歩留まりの良い位置で造材できるようになるはずです。例えばこんな未来はいかがでしょうか。
オペレータ:「次の目標はあの木だね?」
ティンバーベル(AIの仮称):「はい、10メートル先です。伐倒位置は下から15センチ、ラインを表示します」
オペレータ:(木を掴んで伐倒)「ヤング係数が120を超えそうだ。木口の状態もいい」
ティンバーベル:「そうですね。途中の虫食い部分を外し、3.25m、5.6m、0.3m、4.1mで造材します」
これが実現する頃、森は資源倉庫になり、オペレータが快適なオフィスの中に居て操作することも可能になっているかもしれません。リモートセンシングの結果を住宅まで繋げた今回の試みは、大きなチャレンジの第一歩であったことは間違いないでしょう。
次回は信州カラマツの無垢利用を可能にした、住宅産業の実力についてお話します。
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
リモートセンシングによる精密林業計測を、住宅の設計図面から割り出された必要な部材に繋げようとした実験結果の報告です。しかし、実際に実験してみると、幹には大きな傷や腐れがあったり、樹皮の厚さが予想と大きく違っていたりしました。製材所段階では、木口の割れや曲がりの大きさなどで不適合品も生じました。林業で目利きと呼ばれる人達の技の、AIによる学習と再現が不足していることも明らかになりました。
いまのハーベスタは数本造材しただけで、現場の樹木の形状が推定可能です。将来は、木に接触したときの打音や音波の反射波などで内部の虫食いや腐れもわかるようになるでしょう。ヤング係数の推定も不可能ではないです。木が大きくなるほどヤング係数の合格率が高くなるはずですので、年齢や大きさが様々の樹木から構成される択伐林のような高齢林で、今回のシステムが威力を発揮することと思われます。
一般論として、人間の熟練技をどう機械のインテリジェンスに移植していくか。移植後に熟練者が失職するのではなく、機械のトレーナとして機械を教育、改良したり、あるいは逆に機械が新人を短時日で教育したりして、ヒトと機械のパートナーシップを組んでいくことが求められます。
リモートセンシング技術を介して森林と住宅を直接に結びつける上で、その精度に応じて、不確実性に対する最低限のスペアをどのくらい確保したらよいかも明らかになっていくことでしょう。住宅としての資材の歩留まりを上げる一方で、使用されなかった部材の有効活用や、林内の曲り木や枯木にどう価値を見出していくかも必要になっていくと思います。枯木を伐って若い木を更新させるのか、敢えて残してキノコや鳥類の繁殖に提供することにより生物多様性ともバランスをとっていくのか。AIとICT技術を活用して、森林の管理と調和させていくとなると、いろいろな専門家も巻き込んでいく必要があります。これから林業労働力の確保が重要な課題ですが、ヒトと機械が一体となったティンバーベルの社会実装に向けて、心が躍るような課題がいっぱいです。