□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第30回) 林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ(6)国を挙げての林業労働安全対策の強化へ
北都留森林組合専務理事兼参事 中田無双
kitaturu@aria.ocn.ne.jp
森林業の労働災害発生件数は、長期的には減少しているものの、近年はほぼ横ばい状況が続いています。労働災害の発生率を示す死傷年千人率(労働者千人当たり1年間に発生する休業4日以上の死傷者数)は、全産業平均の10倍を超える数です。このような状況を放置していては、林業への新規就業者の確保や定着率を上げていくことは不可能です。
2021年6月に閣議決定された「森林・林業基本計画」では今後10年後をめどとして労働災害発生率を半減させることを目指して国を挙げて労働安全対策を強化していくこととなりました。この実現に向け1)法令等遵守の徹底、2)伐木作業等の安全対策強化、3)経験年数の少ない従事者への安全対策強化、4)小規模な林業経営体の安全対策強化を4つの柱とする林野庁長官通知が全国へ通達されました。1)法令等遵守の徹底では、従事者だけではなく経営者自ら労働安全関係の研修や講習会へ参加し安全対策への認識を高めることを求められています。2)伐木作業等の安全対策強化では、森林業の死亡災害の約7割が伐木作業時と言われている中、伐木作業中の立入禁止区域をこれまでの樹高の1.5倍から2倍の半径とし、受口をつくるべき立木の対象を胸高直径40cm以上から20cm以上へと更に厳しくなりました。切創防止用保護衣等の安全装備着用も義務付けられました。3)経験年数の少ない従事者への安全対策強化、4)小規模な林業経営体の安全対策強化では、経験年数が少ない従事者や従業員9人以下の小規模な経営体での災害発生率が高いことが指摘されており、重点的な安全対策強化徹底を行うこととしています。
「貧すれば鈍する」負のスパイラルからの脱却のために人材育成投資を
森林業現場では、儲からないから給料が上がらない、儲からないなら無理な作業をして儲けようとして怪我をする、怪我をすれば更に儲からないからしまいには働く意欲を無くすため更に利益が上がらない、「貧すれば鈍する」といった負のスパイラルともいうべき状況が長きにわたり続いています。本来「業(なりわい)」というものは、組織にとって重要なものへ先行投資を行い、その投資を上回るより大きく新たな利益を生み続けることで更に収益向上による発展を続ける好循環を作り上げていくものです。私の周りでは、まずは投資し、その資金を回収するといったビジネスの基本すら出来ていない事業体が多々あります。現場技能職員数を「人工(にんく)」という言い方をします。これは現場で働く人はコスト、重機代や燃料と同列の費用として扱う古い考え方の名残があるのだと思います。私は、この言葉をどうしても好きにはなれません。現場で働く人は牛や馬、道具の一つでは決してなく、組織にとって正に投資すべき最重要対象であり、現場で働く人そのものが武器であり収益を上げるエンジンであり宝です。森林業界は今、現場で働く人の安全対策に全力で取り組み、人材育成を最優先課題として進んで投資していかなければなりません。森林業労働災害撲滅は、これからの森林業にとって最重要課題であり、全ての森林業経営者と森林業従事者が心のどん底から本気で命懸けで取り組まなければならないことは言うまでもありません。
私は、現場で働く人の物心両面の幸福があってこそはじめて、森林組合員と山村地域社会の進歩発展に貢献していくことができるのだと考えています。その実現が森林組合の使命であると信じ役職員一丸となり常に改良改善を絶え間なく続け、創意工夫を重ねながら創造的な仕事を継続していきたいと思います。森林業は、持続可能な循環型産業であり、山村の中心的な産業です。そして、水源涵養、公益的・社会的機能を発揮できる元気な森林を未来の子供たちへ引き継いでいくために無くてはならない大切な職業です。元気な森林には元気な山村が必要であり、その元気な山村をけん引していくのが森林業です。森林は人が一生を掛けて挑むに値するとても偉大な存在です。その「森と共に生きる」という素晴らしく魅力ある森林業という仕事は、ディーセントワーク(働き甲斐のある人間らしい仕事)です。「森と共に生きる」仕事である森林業を将来、子供たちの憧れの職業のひとつにしたいと思い日々仕事をしています。そのためには、私たち森で働く大人一人一人が森林業という仕事に夢と希望と誇りを持って働き、「かっこよく、キラキラと、輝いている」姿(森林業をきつい、汚い、危険と呼ばれる3Kから新しい3Kへ変えていきたいと思います)を子供たちへ見せてあげられなければならないと考えています。そのためには、これまで目をつぶっていた現場の課題に本気で向き合い「本音」の議論と対策を業界全体で取り組んでいきたいと思います。
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
6回にわたる熱のこもった投稿、ありがとうございます。今回は、その結論でした。
何度かこれまでにコメントしてきたことですが、1970代以降、伐れる木が減ってしまい、林業活動の主力が木材や炭の生産から植えた木を育てることに転じ、それを50年の長きにわたって続けざるを得なかったことが、貧すれば鈍する状況を作ってきたのだと思います。木が伐られなくなったのですから、稼ぐことはできず、造林補助金が収入の大半という状況を作ってしまいました。補助金の性格上、努力すれば努力するだけ補助金は減ります。過剰な補助金依存を作り出すことによって、努力すること、未来を考えることを停止させてしまったことが悔やまれます。山村の農業が地盤沈下してしまってからは、山村には林業に投資できるお金の余裕もできなくなってしまいました。しかし、一方で、補助金と山で働く方たちの血と汗と涙のおかげで、人工林はまがりなりにも大きく育ち、木を切って使うことができる太さになっています。
これまで稼げないがゆえに人口がどんどん流出してきた山村ですから、なんとかこの血と汗と涙の結晶である資源を絶やすことなく、持続的に活かして稼いで、山村を賑わすことができるようにすることが、補助金の負担をしてくださった国民や社会にも、そして、山村の先人たちの御労苦にも応える術であると思います。木材生産だけでなく、森林環境税や森林クレジットなども含めて山村・森林に入ってくるお金を投資して、持続的な森林の経営、安全で魅力的な森林業の実現、それらに携わる方の幸せな暮らしを進めていってください。そのための政策です。稼いだお金が回ることによって、森林業や山村の努力が導かれ、「貧すれば鈍する」という負のスパイラル状況の殻を破ってくださるようお願いいたします。