□ 椎野潤ブログ(金融研究会) 長い時間軸での価値判断
森林を木材の生産現場として考える場合、常に問題となるのは木が成長する時間と人が木を伐採して換金したい時間の大きな差です。
森は土壌の圧倒的な数の微生物を土台として四季の中でライフサイクルを送る草花や昆虫、そして人のミニチュア版の一生を送る動物たちを育みながら、ゆっくりと成長する。木の寿命は数百年単位。人の都合で伐採する場合でも数十年はかかる。時間の流れるスピードが人の活動する時間に比べあまりにも遅いのです。これが、林業を産業化し難くしている要因となっています。
人の経済活動は一か月単位、いや毎日、支出と収入のバランスを取ることを考えて行われています。企業の場合は、不況で売り上げが落ちることも想定し、利益率をできるだけ上げるために売り上げ規模を拡大して固定費率を下げ、または新しい市場を開拓していかなければなりません。横這いという経営状態は、よほどの安定した市場でない限り不況抵抗力が弱いと判断されがちです。ですから、企業は常に市場の拡大ないし市場シェアの拡大を目指して活動していくものです。
このような経済活動も今、岐路に立っています。少子高齢化、人口減少、そして縮小する経済。私たちは右肩上がりの経済成長による恩恵を受けることができなくなっています。株式会社にとって出資された資本の増殖、付加価値を生み出し続けることが困難になっていく時代。成長が止まった時代に私たちはどのように経済を回していったらいいのでしょうか。
安く仕入れて高く売るうま味が薄れて企業の高度成長が止まり、所得が伸びなくなった時代に個人レベルでモノを取引するフリマアプリが登場し、シェアリングサービスが拡大してきました。貨幣中心に作られてきた経済構造の中でシンプルな物々交換という取引が復活してきたのです。そういえば、海で獲れた魚と山で穫れた野菜を交換するといったことが小さなコミュニティーでは行われてきたはずです。
自然を相手にする漁業・農業・林業は、本来、貨幣とは相性が悪いのかもしれません。農業は1年単位で収穫できますから、工業化に引き寄せていくことができますが、漁業や林業は人の都合で収穫時期を短縮できません。
経済の右肩上がりはない、せっかちな株式会社がすべての経済活動を支配することも困難になってきた。そのような中で林業を産業化したいのならば、工夫が必要だと思います。
例えば、ワーカーズ・コレクティブとよばれる経営方式。地域の住民が共同で出資し、全員が対等な立場で、経営に参加しながら、地域社会に必要なものやサービスを提供する事業体とされています。全国組織の推計では、2020年時点で2万5000〜3万人がワーカーズ・コレクティブで就労し、約500億円の事業規模となっている模様です。このような生産共同体が消費者と直接取引する姿が一つの方向性として見えてきています。
大きな資本が短期の利潤を求めるような株式会社ではなく、地域で考え、地域で事業を進めていく姿。このような経営組織でなければ、100年単位で木を育て、孫世代の取引を考えて経営していくような長い時間軸での価値判断はできないのかもしれません。
(角花菊次郎)
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
回収期間が長くて林業と金融も相性が悪いのです。お話のように産業投資として考えるのは困難なのだと思います。
ここで、発想の転換をしてみましょう。過去の投資は横に置いといて考えられるならば、今現在ある資源の利用から林業を考えられます。地下資源が発掘されるところと同じところからスタートです。
需要に応じて(を作って)毎年木を伐り、主伐であればその後は必要な造林を行う、毎年の林業収入で毎年の林業支出を賄う。このような資源の換金・投資の林業を持続的に行うためには、需要に応じて採算の取れる山、従事者が食べていけるだけの木材の生産額を確保できる山を林業経営の内部に持っておく必要があります。長期の森林管理の計画を考えることの重要性はそこにあります。ただし、これには資源の規模の大きさが必要になってくるので、経営の集積、設備投資などの基盤整備がハードルになってしまいます。