□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第九回) 再造林保証木材供給協定のインパクト
文責:文月恵理
今、ある木材供給事業者と木材需要者との間で、再造林を前提とした取引協定の準備が進んでいるそうです。締結前なので詳細はわかりませんが、木材の取引価格に再造林費用を上乗せしようとするものだと聞き、私はそんな事が可能なのかと驚愕しました。
林業・木材業界の事情を知らない一般の方には、何を言っているのか、全くピンと来ないかもしれません。森林を伐採したら跡地に植林をするのだから、普通に考えれば、その費用は伐採された木材で得られる収入から捻出するはずです。しかし、日本の林業の実情は、その「普通」とはかけ離れているのです。林野庁が出している「林業白書2022年版」にも、主伐(ある面積の人工林を全て伐採して収支を確定すること)の後に再造林された面積は3〜4割に過ぎないと書かれています。国有林はほぼ全て再造林されているはずと考えれば、民有林の再造林率は非常に低いレベルでしょう。最近、都市部でも木造ビルの建設が増え、住宅・非住宅を問わず国産材の利用が進んでいることは喜ばしいのですが、再造林がされなければ、今は豊かな木材資源もいつか必ず枯渇します。
では一体なぜ、再造林がこれほど進まないのでしょうか、獣害や苗木の不足など多くの要因がありますが、最も大きいのは「木材価格が安すぎる」ことです。長く続いた低成長の時代、製品の価格を中々上がられず、わからないよう質を落とす、人件費を削る、仕入先に原価を下げさせる、といったマイナス方向の競争ばかりが盛んになりました。建築に使われる木材は、野菜や魚と違い、生産者が直接消費者に売ることが困難です。素材生産者(きこり)、木材市場、製材所、プレカット工場、工務店など多くの人の手を経て届けられる製品です。しかも、農協のような、生産者のために価格の下落に抵抗するような組織もありません。そのため、川下と呼ばれる住宅産業から、川上の事業者への複数の階層で生じた価格低下圧力は、山が原木価格の下落という形で吸収し続けてきました。そして今では、補助金が無ければ伐採・搬出ができない、補助金があっても再造林は割に合わない状況となったのです。
山側にも、要求される品質や納期の厳守、正確な資源量の把握、流通の効率化など、マーケットが求める近代化に応えてこなかったという責任があります。より正確に言えば、日本の森林所有者は一人当たりの所有面積が極めて小さく、木材価格の下落による関心の低下から、多くが経営どころか管理も把握もしない、産業の当事者たり得ない存在です。その利益代表である森林組合も、補助金のぬるま湯に浸かり、リスクを取るような改革や投資には及び腰でした。数少ない、大規模面積の所有者の中には、先祖から受け継いだ山林を守ろうと、木材価格の下落に耐えながら経営の近代化を進めてきた方もいます。その方々が口々に言っていたのは、自分たちは森林の維持のために必死で経費を賄っているのに、市場では再造林費用を考えずに伐採された木材と競合しなくてはならない、という不条理でした。
今回の協定では、再造林を必ず行う前提で、その見合い費用を取引価格に転嫁する方向で話し合いが進んでいるようです。これは推測ですが、山側と需要者が直接つながり、製品に関する要望を生産体制に反映すれば、山側は木材の歩留まりが向上し、需要者側も製品の量と質を確保するというメリットを享受できそうです。つまり、あくまでも経済合理性に裏打ちされた行為であり、他の地域や事業者が追随する可能性が十分あるのではないでしょうか。
都会で木造ビルを建てようとするオーナーは、当然のことながら日本の森林資源の活用と、SDGsの観点から森林の維持をアピールしたいはずです。ディベロッパーもゼネコンも、再造林を保証された木材があるのなら、そうでない木材と比較して、どちらを選ぶのかを考え、株主に説明しなくてはなりません。国産材を使うなら、再造林の費用を負担し、実効性の確認をするのが当たり前、山側と情報を共有すれば、品質の確かな製品が適正な価格で手に入る、このような考え方がいずれスタンダードになるように、この協定が大きな契機となることを心から祈ります。
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
木材を供給する山元と木材を利用する需要者が、それぞれの収益の安定(WinWin)だけでなく、お互いが目標とする持続的な森林経営の推進と木材の使い手(消費者)の満足までを総括りにした協定が結ばれそうという報告で、心が躍りました。私は、地場においては、山元から川下までの事業者による運命共同体的な国産材サプライチェーンの確立を目標にしてきましたので、この報告で、その普遍化のモデル形成が目の前に迫っているのではないかと喜びを感じたのです。
農林水産業が持続的に行われていくためには、その農林水産物を再生産できる収益構造が必要です。それは、農林水産物の価格という面では再生産(次のシーズンの作付け・手入れ、次の世代の人工林の再造成(再造林)、家畜や魚介の繁殖の確保など)を行える価格で買ってもらう、ということに外なりません。実は、それを(需要と供給のバランスである)相場の価格形成で実現しようというのですから経営が難しいわけですが…
山元は木を使って(買って)もらわなければ成り立たないし、川下は、山から木を出してもらわなければ仕事ができない、という単純な利害の運命共同体の構図の途中に、できるだけ安く仕入れてできるだけ高く売ろうというビジネスがはまることで、この運命共同体は壊れてしまっています。再造林が可能な価格の実現には、間のそのビジネスも含めて、森林の持続性と使い手(消費者)の満足(社会の幸福)も実現できるような利益のつながり(あえて運命協働体と言います)の希望が煌めいています。ぜひ、皆さんもこれに注目し、自らのつながりを作ってください。