□ 椎野潤ブログ(金融研究会第十回) 商いとしての林業
文責:角花菊次郎
林業を儲かる産業にして、林業で生計を立てたい。ということは、自分の山を使った原木の生産・販売という「商い」をうまく回したいということになります。
さて、商いといえば「三方よし」の精神がその要諦と昔から言われています。「売り手よし、買い手よし、世間よし」。ご存じの通り、これは江戸時代に活躍した近江商人が商売の心構えとしていた考え方です。売り手は自分のことばかりを考えて高利を望んではならない、買い手にとってもよい買い物をしたという気持ちになるような商いが大切である。また、その商いが売り手と買い手という当事者のみに好都合というだけでなく、世間にとっても好都合でなければならない、社会全体の幸福につながってはじめて商いは成り立つ、と。企業の社会的責任:CSR(Corporate Social Responsibility)という外来語が流行っていましたが、そんな考えはとうの昔に近江商人が実践していたのです。
また、近江商人は商売の基本として有名な「商売十訓」を残していますが、他にも様々な商売の方法や語録があります。いくつか紹介します。
・行商:近江の地を出て全国を歩くことでその土地の特産品やその土地で必要とされている品の情報を収集するといった市場調査(マーケティング)を行っていた。
・定宿帳:近江商人は各街道に同郷者専用の定宿(日野定宿、八幡定宿など)を確保し、そこで出先地の顧客や地域情報を相互交換するための定宿帳をつくり、販売戦略を練っていた。
・乗合商合(のりあいあきない)/組合商合(くみあいあきない):合資制度による企業体を形成し、少ない自己資金で事業を拡大し、リスク分散を図った。
・会計帳簿:近江商人は薄利多売と始末(経費の節減や無駄な支出を削減すること)によって得られた利益を記録し管理するために複式簿記の会計帳簿を生み出した。それまでの売掛金管理のための大福帳に総勘定元帳としての性格を持たせ、棚卸し目録の形で損益計算書や貸借対照表を作成していた。
・押込隠居(おしこめいんきょ):先祖の苦労の賜物によって今日の繁栄がある。主人といえども奉公する身と思い、店と主人は別々のもので店は主人の私有財産ではないと考え、独断で物事の決定は行われず、今で言う取締役会が開かれていた。不的確な人物は主人の座を追放され、相続権を剥奪された事例もあった。
林業を改めて「商い」という視点で捉えた場合、近江商人(大阪商人でも伊勢商人でも同じだと思います)のポリシーと実践を模倣すべきだと思えてきます。
林業は、気候・土壌・地形の影響を受けながら、複雑かつ微妙なバランスで保たれている生態系の中で同一樹種を超長期にわたって再生産していこう、という試みです。そこでは成長する材積量、遠い将来の木材需要と売価などは神のみぞ知る、といった現実があり、費用対効果の前提はとても流動的です。そのため、需要予測をして販売計画を作成し、赤字にならないように経費を抑制し、回収できない投資は行わないといった通常のビジネスアプローチが通じない場面が多いと思います。林業という業態は「商い」としてうまく回すことはとても難しいのです。
そこで近江商人の心意気と商売訓に沿った取り組みをしてみてはいかがでしょうか。
林家は原木の需要先情報を常に把握し、林家相互に情報を交換し、資金を出し合って企業体を形成し、会計帳簿による損益と財産管理を行い、世代を超えて受け継がなければならない森林資産の処分を自分の代だけの都合で判断せず、公共財として健全で多様な森林を守りながら永続的な原木生産を行っていく、そうした経営を目指すべきです。
それができないのなら、おそらく「商い」にはなりませんから、人間は森への関与をやめ、人間が存在しない生態系に森をお返しするしかない、と考えます。
以 上
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
自然が相手で、木の育成に長期間を要する林業は、「商い」として回すことはとても難しく、林業を「商い」という視点で捉えた場合、近江商人の心意気と商売訓に沿った取り組みが参考になるということです。その要諦は、とりもなおさず様々なレベルでのサプライチェーンの構築と管理になっていくかと思います。公共財として健全で多様な森林を守りながら永続的な原木生産を行っていくということは、社会全体の幸福につながってはじめて商いは成り立つという近江商人の考えそのものとのことです。
余談ながら、近江出身の実業家として、滋賀県の寒村(失礼)に生まれた山岡孫吉氏が思い浮かびます。産業用小型ディーゼルエンジンを世界で初めて実用化し、量産化したヤンマーの創業者です。機械開発はものづくりですが、木を育てるという林業の原点にも通じるものがあると思います。山岡はあるとき、順調に業績を伸ばしている工場視察のときにネジが1本床に落ちているのを見つけて指摘しました。平素可愛がっている部下がたいしたことないですと答えたとき、即座にステッキで思い切り頭を叩いたそうです。製品が社会に受け入れられれば、お金はあとからついてくると思いますし、そういう社会にしていかなければと思います。