林業再生・山村振興への一言(再開)
2020年12月(№63)
□ 椎野潤(続)ブログ(274) 塩地博文の大型パネル事業(2)
塩地博文「大型パネル事業とは何か(その1〜3)」原文2020年12月25日
☆前書き
このブログは、前回のブログの続きです。このブログでは前回引用した、塩地博文さんから寄贈された論文「大型パネル事業とは何か その1〜3」の原文を全文掲載します。
前回のこのブログを読まれて、関心を持たれた方は、この貴重資料を熟読されることを、強くお薦めします。なお、この文章は、椎野潤ブログの読者が、平素のブログの調子で読み続けられるように、文調は修正加筆しています。
この論文は、塩地さんに、出来るだけわかりやすく書いていただきました。私も、可能な限り付注をつけました。それでも、私のブログの読者には、わかりにくいかもしれません。林野分野と建築分野は、言葉が違うからです。また、説明されている内容が、極めて遠大だからです。でも、頑張って読んでください。大きな宝物が見つかるはずです。(椎野潤記述)
☆引用
「[大型パネル事業とは何か その1] 文責 塩地 博文
小職は、ウッドステーションという会社を2年前に設立しました。その起業動機は、木造建築の近代化であり、もっとわかりやすく言えば、今、大工は、建設現場で低待遇に悩まされ、重量化した建材の取り扱いで、著しく苦労しています。これにより、大工は急速に減少しています。この大工に関する改革が、今、火急の課題だと思ったからです。また、この改革は、裏山で十分に成長している国産材資源の合理化にも必ず繋がると、確信したからです。
30年以上続いた平成の時代は、木造業界においては、「プレカット(注8)」の時代でした。平成初期にはわずか数パーセントに過ぎなかったプレカット率(注8)は、平成の末期には90パーセントを超えるレベルにまで、進みました。プレカット加工機(注33)による仕口(注24)加工が一般化して行ったのです。プレカット率(注8)の急成長は、一方では、大工賃金の低下、国産材原木価格の低下も招きました。プレカットが、大工と国産材原木の価値を減少させたのです。
現場と資源が価値を棄損する状況は、誰にとっても好ましいものではありません。いわば、中間体が隆盛し、資源と現場が疲弊すれば、木造業界の持続性は保たれないからです。また、世界的に加速しているウッドファーストの潮流は、日本にも押し寄せ、高層ビルの木造化を進めようと技術革新が進められています。木材が建築の主役に立とうとしている中で、持続性の根幹である現場と資源は、疲弊が継続しています。この状況は、なんとしても打破しなければなりません。
この謎を解くには、まず「プレカット(注8)」について詳細を知る必要があります。日本の木造建築の中心的な建築方法は架構式で、軸組工法(注13)です。これは柱と梁(注6)をつなぎ合わせて、構造を成立させています。この柱と梁(注6)をつなぎ合わせる接合部分、これを仕口(注23)と言いますが、プレカット(注8)は、この仕口部分の機械加工です。大工により伝承されてきた仕口加工をデータ化し、CADCAM(注26)によって、接合部分が自動で機械加工されています。加工機械を動かすために、プレカットのCAD(注25)データを使います。このCAD(注25)のデータからCAM情報(注27)を作るソフトウエアがあり、意匠図面(注12)に基づいて、プレカットCAD(注25)に入力すると、後は自動で接合部の加工がおこなわれます。
プレカットCADを操作するためには、熟練したCADマン(注28)と言われる専門家が必要で、意匠図(注12)で見落とされた部分の接合性を、一つ一つチェックしながら、入力していきます。CADマン(注28)は、プレカットにおける肝であり統括者です。CADマンの能力次第で、加工ミスが多発してしまいます。急速なプレカット率の成長で、CADマンは常に不足しがちで、今では海外にCADセンターを置いて、入力業務の効率化やコストダウンを図っていますが、熟練者不足が問題視されています。
不足するCADマン(注28)が起因して、羽柄材(注9)と言われる非構造材(注29)のプレカット入力までは、手が回らない状況が続いています。プレカット工場を経由して現場に届けられる材料の内、柱や梁(注6)を除いた部分については、プレカット加工できない状況があるのです。そのため、業界内には「フルプレカット(注30)」という言葉もあり、羽柄材までもプレカット加工するものは、特別にフルプレカット(注30)と呼んでいます。すなわち、現実の加工の多くは、柱や梁に留まっているのです。
[大型パネル事業とは何か(その2)] 文責 塩地 博文
しかし、「フルプレカット(注30)」という言葉が示しているのも、柱や梁(注6)の仕口(注28)の加工がプレカット(注8)の主役であり、その他は付属というのが現状です。羽柄材の多くは現場で大工により、手加工(注34)で切断加工されて、建築の一部になっていきます。
ところが、実は、羽柄材(注9)の多くには国産材(注21)が使われており、国産材利用率(注32)の向上に、大いに寄与しているのです。しかし、柱や梁はプレカット加工機(注33)を通過する際に、データとして捕捉されますが、残念ながら羽柄材は補足されません。そのため羽柄材は、大工による手加工(注34)に留まり、アナログの状況が続いています。これがプレカット(注8)の現実です。
柱・梁(注6)という主要構造材料(注7)は単価も高く、またプレカット(注8)を通じてデータ化が進んでおり、サプライチェーン(注22)を構築すると、高い効果が実現できます。でも、その分野では、欧州材、米松という海外材(注20)が主役を占めており、デファクト化(注35)が進んでいます。平成のプレカット成長時代は、海外材がデファクト(注35)を握り、主役になっていった時代なのです。
また、プレカット(注8)、フルプレカット(注30)に関わらず、窓、断熱材(注17)、防水紙(注31)などの木材以外の建築材料は、データ入力の対象外です。従って、木材プレカットを行っても、これらの建築材料とは連動しません。すなわち、プレカット(注8)は柱・梁(注6)の仕口(注23)加工に過ぎず、建築を構成する窓、断熱材(注17)などの建材とは連動していないのです。従って、プレカット率(注8)が向上しても、大工にはその効果は反映されません。
プレカットデータだけでは、木造建築のサプライチェーン(注22)は実現できません。そればかりではなく、これは、柱・梁(注6)を海外材料(注20)に主役の座を与え、国内の大工の作業領域を効率化させていないのです。平成のプレカット成長時代に、「大工の賃金の値下がり」や「国産材の原木価格の低迷」が起きたのは、プレカットによるサプライチェーン効果が、海外材(注20)に集中していたのが、大きな要因です。
プレカットという工業化は、海外材(注20)を成長させて、国産材(注21)と大工を疲弊させていたのです。すなわち、木造建築のサプライチェーン(注22)を実現するには、プレカットだけでは不十分なのです。ここで、大型パネルの出番になります。
プレカットと大型パネルの最大の違いを、直視してみますと、それは立ち位置の違いだと言うことがわかります。プレカットは材料側、それも柱・梁、その仕口(注23)加工に限定された工業化なのです。大型パネルは、材料側では無く、建築側に立っています。建築側の視座(注24)で、成立しているのが大型パネルです。木造建築を起点とするサプライチェーンを構築しない限り、国産材(注21)と大工の疲弊は止まらないと、私は考えています。
[大型パネル事業とは何か(その3)] 文責 塩地 博文
プレカット(注8)のレベルで留まっている限り、建築まで届くサプライチェーン(注22)は成立しません。そのことは、「大工」と「国産材(注21)」という「現場と資源価値」を、棄損し続けるのです。この背景を、皆様には充分ご理解頂けたと思います。プレカット(注8)では具体的に何が不足しているのか、建築側の視座(注24)とは具体的に何を指すのかを、明らかにしていきたいと思います。
ビルのような高度な建築を行う場合、ゼネコン(注2)を頂点として、サブコン(注3)と言われる部分施工に責任を果たす専門業者が、分業体系を構築しています。サブコン(注3)とは、各種工事の専門家であり、自分の施工部分については、「施工図(注4)」という施工者側の視線にたった、図面を作図して、それをゼネコンから承認してもらい、施工図に従って、工事を完遂します。
木造建築では、この「施工図(注4)」が作成されていない場合が殆どです。施工図は、大工の脳の中で作図され、エビデンス(注5)としては表に出ていません。大工は、各所の納まりを、自らの経験を元に頭の中で作図しています。柱と梁(注6)という構造材(注7)は、プレカット(注8)を通じることで、データ化され標準化されていますが、羽柄材(注9)が中心となる壁の内部、屋根、軒などは、大工が現場で、自らの脳内の作図に従って施工(注4)をしています。従って、その材料の手配は、事前に準備できず、その場で「足りない」「余っている」が発生してしまうのです。
足りない、余っているが日常的に発生すると、歩留まり(注10)に関する意識が低下します。日常会話の中で、「多めに入れときましたから」と大工にプレカット業者が伝える場面によく出くわしますが、足りないために、トラックをもう一度走らせるより、余る方が良いと言う商習慣が、出来上がっています。
施工図(注4)を作成し、そのジャストのサイズをジャストイン(注11)で供給すれば、このような乱暴な材料棄損は改善します。でも施工図(注4)が無いために、工場での事前生産が出来ず、材料を現場で加工し、大工は取付に専念できずに、作業速度が上がりません。加えて、一つ一つの納まりを現場で考えるため思考時間がかかり、作業速度を落としています。脳内と言えども、作図したにも関わらず、その作図費用はエビデンス(注5)が無いために、作業対象から外されて、対価を得ることは出来ません。
この施工図(注4)の不在は、更に深刻な問題も発生させています。施工図は施工者側の目線での図面ですが、意匠図(注12)と軸組図(注13)で、生産されている木造建築は、その使用される材料の重量を表示する習慣がありません。材料のスペック(注14)などは表示されていますが、重量・荷姿が示されていないため、大工は、ヒューマンスケール(注15)を超えた重たい建材を扱う事を強要されています。その好例がサッシ(注16)です。省エネの方針から、建築物には高断熱(注17)、高気密化(注18)の流れが加速しています。ガラスが二重、三重になったサッシ(注16)が主流になっていて、その重量は100キログラムをオーバーするケースも多いのです。取り扱いに時間を要し、施工精度が上がりません。さらに大工の肉体的な毀損を招きます。これは施工者側の目線によるガイドラインも対応策も未整備だからです。
大型パネル(注1)では、この施工図(注4)を短時間で正確に作成するソフトウエア(WSpanel、注19)の、自社開発に成功しました。そのため、このソフトウエアで、自在にパネル化が出来るようになりました。輸送効率、施工効率も事前に設計できるようになりました。(参考資料2〜5)」
☆まとめ
この論文を熟読して、塩地さんの進めておられる「大型パネル事業(注1)」が、良く理解できました。大型パネル事業を、しっかり推進していけば、重い部材の移動などで、肉体的疲労の限界にいる大工を、危機から救済できます。
また、次のブログでは、大工の頭脳の中に止まっていた、木造住宅作りのノウハウを、DX化(注36)した凄い開発を、紹介していただけます。これは、木造住宅大工が、苦しみながら、遺してくれてきた「無形文化遺産の頭脳」が、DX化されて保存され、未来に向けて永続的に活用されるのです。
さらに、林業のノウハウを蓄積した熟練者の頭脳も、大工と同じことだろうと私は思います。林業熟練者の頭脳も、DX化ができるはずなのです。
間もなく迎える2021年の新年には、「大型パネル事業」と「大工と林業の熟練者」
の頭脳に保存されたノウハウのDX化により、待望の「林業〜家づくりサプライチェーン」の構築の前途に、灯が見えてくるでしょう。(椎野潤記述)
(注1)大型パネル:あらかじめ工場において、構造材・面材・間柱・断熱材・サッシを一体化したパネル。従来のパネルと異なり、柱・梁などの構造材まで一つのパネルに組み込んであり、現場での組立ては通常の金物工法とまったく同じ。大幅な工期短縮等、数々のメリットが生まれる。
(注2)ゼネコン:ゼネラルコンストラクターの略、総合建設会社。
(注3)サブコン:サブコンストラクターの略、総合建設会社の下請け企業。
(注4)施工図:設計図書を元に建築物を施工する過程で、実際の現場の状況や、建具・設備などの収まりを反映させた生産設計派生図面の総称である。施工:建設現場での生産。
(注5)エビデンス:証拠・根拠、証言、形跡などを意味する英単語"evidence" に由来する、外来の日本語。
(注6)柱:直立して上の加重を支える材。梁:上部の重みを支えるため柱上に架する水平材。
(注7)構造材:家の骨組に使われる材料のこと。具体的には、土台・柱・梁(はり)・桁(けた)・母屋(もや)などの材料のこと。
(注8)プレカット:言葉の本来の意味は、事前に加工しておくこと。木造住宅の柱・梁の仕口の加工は大工が現場で実施してきた。近年、工場に加工機を置いて、木材の現場への搬入前に,事前に加工しするようになった。このことから、木造住宅の柱、梁の仕口の加工をプレカットと呼ぶようになった。プレカット率=プレカット実施量/フルプレカット(注1)の仕事量。
(注9)羽柄材:構造材を補う材料や下地材のこと。具体的には、垂木(たるき)・筋交い(すじかい)・間柱(まばしら)・根太(ねだ)などのことを言う。
(注10)歩留り:生産全般において、「原料(素材)の投入量から期待される生産量に対して、実際に得られた製品生産数(量)の比率」のこと。 また、歩留まり率(ぶどまりりつ)は、歩留まりの具体的比率を意味し、生産性や効率性の優劣を量る一つの目安となる。
(注11)ジャストイン:ジャストインタイム生産システム(Just In Time:JIT)は、生産過程において、各工程に必要な物を、必要な時に、必要な量だけ供給することで在庫(あるいは経費)を徹底的に減らして生産活動を行う技術体系(生産技術)をいう。
(注12)意匠図: 建物全体の形態や、間取りなどの意匠(デザイン)・仕様を伝える図面のこと。設計図書のうち、「構造設計図」「設備設計図」以外の図面全般を指す。
(注13)軸組図:木造軸組工法 の構造を示すものを軸組といい、主として 柱、胴差、筋違、梁などで構成される。軸組の状況(使用部材、接合状況)を表した図面を、軸組図という。
(注14)スペック:工業製品の仕様あるいは性能。Specificationの略。
(注15)ヒューマンスケール:物の持ちやすさ、道具の使いやすさ、住宅の住みやすさなど、その物自体の大きさや人と空間との関係を、人間の身体や体の一部分の大きさを尺度にして考えること。
(注16)サッシ:窓枠として用いる建材のこと。窓枠を用いた建具であるサッシ窓そのものをサッシと呼ぶことも多い。
(注17)高断熱な家:外壁と内壁の間に断熱材を入れたり、断熱性の高い窓を採用して断熱性能を高めているのが高断熱な家である。断熱材:物理・化学的物性により熱移動・熱伝達を減少させるものの総称。屋外が寒くなる時にそなえ、室内が寒くならないように外壁などに貼る。
(注18)高気密化住宅:建具や天井と壁の接合部分のすき間を少なくし、気密性を高め、省エネルギー 効果と快適性を両立させることを目的とした住宅のこと。
(注19)WSpanel:プレカット材の伏図と軸組図(注13)から生産工場向け施工図を作成するソフト。伏図:基礎や床組み、建築物の構造などの骨組みを、真上から見下ろした形(または真下から見上げた形)で描いた平面図のこと。
(注20)海外材:海外から輸入される木材。主として、欧州から輸入される欧州材、北米から輸入される米松、ニュージーランドから輸入されるニュージーランド材、ロシアから輸入されるロシア材である。
(注21)国産材:日本国内の山林で育てられた樹木を国内で加工した木材。
(注22)サプライチェーン: 商品やサービスの供給の連鎖のこと。狭い意味では、製品が消費者に渡るまでの供給の連鎖を示しており、広い意味では、原材料からリサイクルにいたる広大なサプライの連鎖を示している。
(注23)仕口:木材を接合する時の継ぎ手の切り刻んだ面。
(注24)建築側の座視:大型パネルを見る視点として、材料からではなく、建築設計や建築施工など、建築側から見る視点。
(注25)CAD(Computer Aided Design):コンピュータを利用して設計並びに製図を行うこと。プレカットCAD:ブレカットのための作図をし、データを作成するCAD。
(注26)CAM(Computer Aided Manufacturing):コンピュータを利用して製造を行うこと。CADCAM:設計のCADデータから、工場で自動加工を行うためのCAMデータを自動生成して、これにより自動機を動かして自動生産すること。
(注27)CAM情報(CAMデータ):自動機を動かすデータ。CADデータから変換して生成する。(注28)CADマン:意匠図では見落とされた部分の接合を、一つ一つチェックしながら入力する専門
家。
(注29)非構造材:構造材以外の材料のこと。具体的には羽柄材。構造材:家の骨組に使われる材料のこと。具体的には、土台・柱・梁(はり)・桁(けた)・母屋(もや)の材料のこと。
(注30)フルプレカット:柱・梁の仕口ばかりでなく、羽柄材まで含めて全てをプレカットすること。(注31)防水紙:雨水などの侵入を防ぐため、屋根や外壁に用いられる防水機能を持つシート。
(注32)国産材使用率:日本国内で使用された木材の内、国産材の占める比率。国産材使用量/国内で使用された木材の総量。
(注33)プレカット加工機:工場に置かれたプレカット加工の機械。
(注34)手加工:大工が手仕事で加工すること。
(注35)デファクト:デファクトスタンダードの略語。デファクトスタンダード(de facto standard)とは、「事実上の標準」を指す語。デファクト化:事実上の標準にすること。
(注36)DX化:デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation; DX):「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念である。ビジネス用語としては定義・解釈が多義的であるが、おおむね「企業がテクノロジーを利用して事業の業績や対象範囲を根底から変化させる」 という意味で用いられる。DX化:DXを進めること。
参考資料
(1)塩地博文著:大型パネル事業とは何か(その1)、2020年11月10日。
(2)塩地博文著:大型パネル事業とは何か(その2)、2020年11月11日。
(3)塩地博文著:大型パネル事業とは何か(その3)、2020年11月12日。
(4)椎野潤(続)ブログ(273)木材建築 ユネスコ無形文化遺産に登録 塩地博文の大型パネル事業 木造住宅の次世代に向けた大改革 2020年12月22日。
[付記]2020年12月25日