□ 椎野潤ブログ(伊佐研究会第十回) バックキャスト思考で事業推進する
木材は樹種によって使われ方が異なり、同じ樹種であっても品質が異なります。強度があり、建物の構造材に使える樹種があれば、水に強く桶や外部で使用しやすい樹種、食器や木工品として適しているなど、適材適所で木材利用を行っております。樹種としての判断だけではなく、強度測定など品質管理をすることで、杉でも梁として使うことが出来るということも広がってきております。また原木の太さによって加工される製品寸法が異なったりします。例えば太い杉丸太の断面円の中に、同じ正方形が4つ入るからと言って、そのように製品化してしまうと乾燥後に反りが大きく発生したり、強度が弱くなったりすることがあります。そしてこれらは地域性にも大きく左右されることが実証されております。杉についてさらに加えると、丁寧に管理されて育ってきた木とそうでない木とでは、節などの影響から製品化されたときの見た目の美しさや強度が全く異なり、同じ一本の中でも根元に近く枝の少ない幹、梢近くの枝の多い幹で品質が異なります。最近ではセルロースナノファイバーや改質リグニン、アロマ、お酒の原料などさまざまな新しい木材の利用方法も開発されてきております。日本の国土の7割を占める豊かな森林率は、世界でも(OECD加盟国の中で)2〜3位です。しかし、上位3か国の森林面積を人口で割ると、日本の森林資源は人口に対して決して多いわけではなく、大切に利用しなければなりません。これから長く森林と国民が付き合っていくためには、地域ごとにきちんと木材需要の時間軸を持った数値と木材蓄積量、木材成長量を考慮し、今から計画をする必要があります。
さて最近各地ではげ山が目立つようになってきたとよく聞きます。皆伐(注1)された後の再造林が行われないためで、全国で約7割が放置されているとのこと。佐伯広域森林組合さまのように100%再造林するという先進的な森林組合がある一方で、多くの山では再造林が行われていない実態です。さまざまな背景から林業の収益化が難しくなり、遂には目の前で売れるところがあれば売ってしまい、お金がないので植樹をしないという発想から、このような状況が広がっているのでしょう。このようなことが続くと、次世代のための木材が育たず、また土砂流出などの災害に繋がる恐れが増します。そのために当社森林パートナーズは地域工務店、製材所、プレカット工場と連携して、山元が再造林を出来る利益を得、収益化する仕組みを構築、運営しております。
次のような統計があります。国内における一年間の国産木材利用量は約3,400万立方メートルで、国内の森林の総成長量は約6,400万立方メートルであり国産材はもっと使っても良いというものです。現在は国産材、地域材はもっと利用するべきであります。しかし冒頭に述べたように、求められている製品寸法には適した寸法の原木丸太が必要になります。必ずしも需要と生産のバランスが良いわけではなく、むしろ現在はバランスが悪くなっております。いわゆる人工林の大径木化という社会課題です。地域ごとに様々な加工開発などを研究しておりますが、研究同士が横連携し、オープン化され大径木の活用が、需要に適したかたちで展開することを期待致します。先に触れた、次世代の木材利用のための森林が育っていないという状況は今に始まったものではありません。杉の一般的な主伐期として言われる10齢級(注2)(46〜50年生)の杉の人工林は約64万haですが、約30年後に同じ齢級になる現在4齢級(16〜20年生)の人工林は約5万haです。今からいかに再造林をしようとも齢級は追いつきませんので(早成樹など開発が進んでいるようですが)、これから若い齢級の杉が成長して適齢期になるときの木材量の谷底期は間違いなくやって参ります。そのころ、現在85万戸である住宅着工件数は40〜30万戸まで下がると推察されますが、今のように無垢の製材に適した材が国内で安定的に供給できる体制を構築できるか非常に難しく、そのための準備をして住宅業界も含めて木材業界の変化が必要になります。
林業家、木材加工業の就労者、大工など木材流通に関わる人材の不足などさまざまな課題もあります。森林資源のデジタル化や木材加工機の高性能化、ウッドステーションさまの大型パネル、CNCルーター(注3)のShopBot、またブロックチェーンなど様々な技術革新も進んでおります。多くの課題がある中、これから起こる中で、新しい技術を取り入れ、流通それぞれの企業が時代に合わせて理念を持った変革をしなければなりません。長期的には全国各地で安定的な需要と生産のバランスをもってサプライチェーンが有効に運営される社会をイメージしつつ、中期的には林業収益化を中心とする木材流通さまざまな課題を地域産業連携で解決する協議と実行をしていく必要が有ります。目の前だけの利益にとらわれず、中期にこだわり慎重になりすぎず、長期にこだわり破壊的にならず、共感のもと地域ビジョンをしっかりともって、且つ、各地域森林の生物多様性などの機能も大事にする森林と国民の関りを目的とし、バックキャスト的思考で事業を進めていかなければなりません。当社も現状をみつめ、目指すべき将来を共感共創し、地元東京埼玉を中心に励んで参ります。
注釈
(1)皆伐:林業で,森林などの樹木を全部または大部分伐採すること。
(2)齢級:林齢を5年の幅でくくった単位。苗木を植栽した年を1年生として、1〜5年生を「1齢級」と数える。
(3)CNCルーター:自動制御(=Computerized Numerical Control)、自動で木工用工具ルーターを動かす機械。
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
再造林については、所有者にとって収穫までの時間が長過ぎることが問題を難しくしていると思っていることはこれまでも述べてきました。一所有者の家産である森林の管理の話ではなく、数十〜数百所有者の森林をまとめて一林業経営者が行う森林経営にならないとこの長過ぎる問題は解消しないと思います。毎年の伐採、造林の林地がまとめた経営の一部(数十〜数百分の一)といった形にして持続していくと、長過ぎる問題は、循環利用を行う持続的経営の中で捨象できると思っています。一年間の森林への投資を一年間の森林からの収入で賄っていくのです。でなければ持続的な森林経営の一般解は導けないように思います。
バックキャストとは目標にする時期とその目標内容(未来像)を定めて、いつ(までに)何をやるべきかを考えるということだと思います。上記のような持続的な経営を行おうとすると一年一年の収支の話に終始して、バックキャストの考え方のように先々に向けて手を打てないということになりかねないのでは、と心配になりますが、森林の施業をバックキャストで行うわけではありません。森林の施業では、基本的に順応的管理で必要な作業の内容と時期、その際のヒト、モノ、カネの手当てを決めていくものだと考えています。しかし、森林経営の未来像は、その個々の施業のさらに高みや奥にあるということでしょう。施業の選択肢は本来多様ですが、未来像の実現のため、基準となるもの(ビジョン)に基づいて経営資源(人材、インフラ、資本)の獲得などに手を打っていくことなのでしょう。そう考えれば、難しいことではなく当たり前のことのように思います。ただし、描く未来像がそもそも実現可能か実現困難かというところに、森林・林業におけるバックキャストの悩みの部分のほとんどがあるように思います。未来像を理想像とせずに実現可能性の高いものを設定して考えてみてください。
例えば、上記の持続的な森林経営の姿は、私としては、現状では、ハードルはたくさんあっても実現可能性は高いものだと考えています。